その症状を何と呼ぶのかわからないのですが、「これが最後かもしれない」と思ってしまうことが多いようです。
幸い今のところ「子育て」に纏わることに限定されていますが。
最後の授乳。
最後の離乳食。
最後のおむつ替え。
それから、一緒に入る最後のお風呂。
ただ、これは、その時は「予感」のみで、本当に最後だったのを知るのは後になってからですね。
幼稚園の園服を(いつものように乱暴に)脱ぎ捨てた最後の日。
ランドセルを(いつものように乱暴に)床に放り投げた最後の日。
これは、その瞬間が最後なのをあらかじめ知っているので、堪えます。
まだ迎えていませんが、最後のお弁当もこちらですね。
皆さんはこういったものをどうやって乗り越えていくんでしょうか。
つくづく自分の弱さを実感します。
子どもは強い生き物ですね。
そんな感傷など微塵もなく、過去をかなぐり捨てていきます。
真島昌利さんの「夏が来て僕等」という曲に、
「成長のドアを足であけた」という印象的なフレーズがありますが、娘(万年反抗期)の場合本当に、足で蹴破っていくような勢いを感じます。
自分も、もう少し強くならなくては。