一昔前、「勝ち組」「負け組」なんていう嫌な言葉が流行った事がありました。
勝っている自覚のある人たちが、つくって流布した言葉でしょうか。
自分はそもそも勝ったことがないので、そちらの方面の心持ちは想像もできないのですが、ずっと負けていようと思ってきましたし、それが前に進む推進力になってきた気がします。
「負ける」ということの意味をあらためて考えながら、太宰治「黄金風景」の朗読音源をつくっていました。
私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。
女中をいじめた。
私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊にもいじめた。
「黄金風景」は、冒頭のこんな不穏な雰囲気から、終盤一気に希望の物語へとむかっていきます。
負けた。これは、いいことだ。
負けることのカタルシスを、原稿用紙にしてわずか8枚で表現した傑作。
これは、喪失と敗北の物語でもあり、
同時に、浄化と再生の物語でもあります。