人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

音に言葉をのせて   Spoken word ~宮沢賢治「雪渡り」 

眼が疲れるので、読書は「聴く読書」にシフトしつつあります。

オーディブルとか契約すればいいんでしょうけれど、ビジネス書とか新しいものはもう必要ないので、YOUTUBE上にある古い作品の朗読音源にお世話になっています。

ありがたい時代になりました。

そこは、プロ・アマを問わず素晴らしい朗読にあふれています。

ものによっては十数時間に及ぶものもあります。

修正や編集にどれほど手間がかかってるんでしょうか。

感謝です。

 

お返しの気持ちも込めて、自分も朗読音源を制作していこうと思っているんですが、まだまだ長尺のものをつくるスキルがありません。

気長に挑戦してみます。

 

大好きな宮沢賢治作品から始めてみようと思います。

いつかは銀河鉄道の夜に取り組みたいのですが、まずは短編の雪渡りから。

短編といっても、朗読すれば30分ほどのものになります。

変なところに細かいので、ミスの修正などしていると永遠に終わりません。

ベテランの皆様はどうやって見切りをつけているのか、きいてみたいです。

 

とりあえず練習で、冒頭の部分だけ録ってみました(奥様が)。

幼い兄と妹が一面の雪景色に心を躍らせる、愛らしく美しいシーンです。

それで、(クセで、すぐ横道に逸れてしまいます・・・)せっかくなので、その素材を再構成して、Spoken wordのようなものをつくってみました。

昨年の今頃つくった曲をミックスし直して、それに言葉をのせました。

自然の厳しさと優しさ、小さな命との交流を美しく描いたこの作品の世界が表現できていれば良いのですが・・・。

気分転換ができたので、またストレートな朗読制作に戻ります。

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生まれた日の月を覚えているのかも

ご自身の生まれた日の月齢をご存じでしょうか。

月齢の計算はなかな面倒で、私はいつまでたっても理解できないのですが、計算してくれる便利なサイトやアプリがいくつもありますね。

何年何月と入力すれば100年前でも計算してくれます。

こよみの計算 長期版 - 国立天文台暦計算室

月齢|暦の計算|計算サイト

私の生まれた日の夜は二十日月だったようです。

夜の遅い時間にようやく昇ってくるので更待月(ふけまちづき)ともよばれます。

何だか自分に似ています(笑)。

このところ体調がなんとなく思わしくなくて、それで気持ちも塞ぎがちでした。

これが噂のミッドライフクライシスか!なんて思ったりしていたのですが、昨日の夕方位から特にきっかけも無く、霧が晴れるようにすっきりと治ってしまいました。

 

それで、思いついて調べてみたら、昨夜は二十日月でした。

昨日のことや今までを思い出してみても、それをバイオリズムと呼ぶのかもしれませんが、一定の波を越えて、スッとリセットされる瞬間を感じることがあって、自分の場合、この二十日の月が巡るたび小さく生まれ変わっているような感覚があります。

 

何の根拠もなさそうな、ただのファンタジーですが、人は生まれた日の月と一緒に同じ周期で旅をしているんじゃないかという気がしています。

急にそんなことを思ったので、日記に書いておきました。

 

以前つくった、月のうたの音源をしつこく手直ししています。

朗読を録りなおして、音もあれこれいじりました。

 

眼の病と藤原道長の攻撃に苦しんだ三条院のうた、「心にも」

切なさで胸が痛みます。

困難を前にしても絶望しない気持ちを、朗読と拙い音で表現したつもりです。

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月見れば

もうじき中秋の名月ですね。

今年は9月17日だそうです。

 

最近は、月を眺めるのが楽しみになりました。

貧乏なのにそこだけ平安貴族みたいです。

 

何だか月のことばかり考えています。

吉田拓郎さんの「旅の宿」に出てきた、上弦の月の正確な意味を今頃知りました。

ウェザーニュースでやってたので(笑)。

というか、習ったはずなのに忘れてました・・・。

その複雑な運行もようやく理解しつつあります。

ゆうべはあっちにあったのに、今夜はこっちにある!、なんて、この間まで普通に驚いてました(笑)。

月と地球のコンビネーション、奥深すぎます。

 

人体の水分は(年齢性別によりますが)50から75%くらい。

その体液の、特に羊水の組成は海水とほぼ同じだと習いました。

潮の満ちひきが起こるように、体も月の引力の影響を当然受けてるんでしょうね。

月の動きや周期を意識していたら、なんとなく実感するようになってきました。

 

おととしの秋につくった朗読の音源をしつこく手直ししています。

百人一首のなかで一番好きな「月見れば」

朗読部分を録りなおして、楽器の音を変えたり、各楽器のミックスを0.5db単位で上げたり下げたり・・・、本当にしつこいです。

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どうしてそこまでしつこくやっているのか、よくわかりません。

月が語源のlunaticという形容詞は「狂気の」という意味なので、月は人を良くも悪くも狂わすのかもしれません。

もう秋ということにさせてもらって

偉い先生方が会議をして、
「この夏は猛暑で異常気象だった」との評価をしたそうです。

知ってました(笑)。

 

夏は暑いことで有名なので異常とまでは言えないのかな、と個人の感想としては思います。

雪が降ったらびっくりするけど。

もう日本には夏と冬しかないのでは、という声も聞きますが、
9月になったので、もう秋ということにさせてもらいます。

秋が大好きなので、なくなったら困ります。

 

百人一首79番歌左京大夫顕輔(あきすけ)の名歌「秋風に」

この朗読音源をつくりました。

朗読は奥様。

背景の音楽は自分のものですが、そうは言いながら暑くてつくる気力がわかないので(笑)、7月ごろにつくったものをリサイクルしました。

涼しげでいいかなと思っています。

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5歳児(50代)のためのエチュード

天地真理さんの「ひとりじゃないの」がチャートを賑わしている頃、田舎の5歳児の頭の中では、この曲の滋味深く美しいメロディーが毎日ぐるぐるとまわっていました。

一度ターンテーブルがまわり始めてしまうと、止め方がわかりませんでした。

今も変わりませんが・・・。

 

ある日、幼稚園からこんなお知らせがありました。

「オルガン教室を始めます。」

何か新しいことが始まりそうな予感に心が躍りました。

音楽が大好きで、もちろんオルガンをやってみたかったんです。

 

申込制の自由参加だったので、家に帰って両親に伝えました。

でも、

 

「お兄ちゃんが3日でやめたから、どうせ続かないよ。」

・・・・・

 

「どうせ」の一言で、目の前の扉が閉ざされました。

「どうせ」なんていう忌み言葉、辞書から消えてしまえばいいのに。

でも悪いのは自分。

「どうしてもやってみたい。」

どうしてその一言が言えなかったのか。

あろうことか、その時とっさに心の中でうそぶいたのは、

「ああ、これで面倒なことをやらなくて済むよ・・・。」

痛恨のミス。

5歳で自分の心に嘘をついてしまいました。

 

結局、参加しなかったのは、私とK君の二人だけ。

2人で、オルガンの響く園舎を背に「はやく帰れてラッキー!」みたいなノリで家路についていました。

 

家にピアノはありましたが、それを弾くのは姉だけ。

姉は先生について習っていました。

私も興味は確かに持っていたはずなのですが、ピアノの事を考えると思考停止のような状態になってしまって、自分が「ピアノを弾く人」になるなんて考えることもできませんでした。

「どうせ」という言葉が呪いになっていたのかも。

「あんたはピアノを弾く人じゃないよ」って。

 

3日でやめるような飽きっぽいタイプではないんです。

むしろ執念深く(笑)、実際兄から奪うようにして始めたギターは47年も弾いてますし。

 

ピアノも、コードを弾いて何かの伴奏をしたりはできます。

でも、ベートーベンやショパンドビュッシーやなんかをきちんと弾ける、「ピアノを弾く人」になりたかったんです。ずっと。

 

一年少し前のことでした。

何の拍子だったか、屋根の上でカラスが暴れている音を聞いた時だったような気がします。

急に、あれっ、なにこれ・・・・・、「ピアノ練習しよう」ってなったんです。

たぶんカラスの足音で50年の呪いがとけたんだと思います。

その日から、自然にピアノを練習するようになりました。

 

以前も書いたような気がしますが、教本は娘が幼稚園児の頃使っていた「ぴあの どりーむ」を使っています。

「大人が始める・・・」みたいな教本もたくさんあります。

でも、5歳のあの日から始めないと、ちょっと物騒な言い方ですが、落とし前がつかないような気がしているんです。

オルガンを背中で聴きながら、とぼとぼ歩いていた5歳の男の子。

あの子の魂を救えるのは自分しかいません。

もしかしたらこれが、癒されていないインナーチャイルドなのかも。

だから小さな子のための教本がいい。

 

あの日、嘘をつかずに「どうしてもやりたい」って言って、5歳でオルガンを始めた結果の「今」にしたい。

過去を悔やむのではなく、バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティーみたいに、過去に働きかけて今を変えたい。

時間はかかるかもしれないけれど、そうやって時空をゆがめてみたい。

 

「真理ちゃんスマイル」に憧れていた5歳の自分、50代の私の中にいるインナーチャイルドのための練習曲をつくってみようと思いました。

当時の自分(今の超初心者の私)でも弾けるような、
ハ長調のやさしくておおらかで、1分くらいのものを。

夏休みの宿題のつもりでつくりました。

(暑さのせいか、ちょっとどよーんとした日記を書いてしまいました。長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。)

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母校のオープンキャンパスと懐かしい友人

仙台にある大学のオープンキャンパスに出かけました。

娘はまだ高1なんですが、学校側が志望校はどこか?文系か理系か?とか、ぐいぐい訊いてくるので、何だか少し焦ります。

まだいいんじゃないかなんて思いますが、最近はそんな感じのようです。

 

この大学の理学部を志望しているそうです。

ハードルが高すぎる・・・。

そこは私の母校でもあるのですが、自分は文学部。

だいぶ難易度が違います。

それでも何とか行かせてあげたいなと思っています。

 

親に忖度したわけではないと思いますが、それでも母校を目指してもらえるのは少しうれしいものです。

いずれは、模試の順位や偏差値やなんかで心が揺れる時がくるかもしれません。

でも今の時点で、偏差値ではなく、そこに勉強したいことがあるから目指す、というのは健全なのかなと思います。

今回の旅のもう一つの目的は、私の友人に会う事でした。

学生時代のギター部の友人が理学部で研究室を持っているのです。

 

35年前、就職が決まって仙台を離れることになり、引っ越しの準備をしているとき、彼がお別れを言いに来てくれました。

仙台で最後に話した友人。

あの最後のあたたかい時間が自分の心をずっと仙台につなぎとめてくれて、仙台を大好きなままでいさせてくれている気がします。

あの時のお礼をどうしても伝えたい。

 

忙しかったら申し訳ないので、アポは取りませんでした。

研究室のドアをノックする前、スリットから彼の横顔が見えただけで、もう胸がいっぱいになってしまいました。

35年。

引っ越しのときの事、お互いや、ほかの友人の近況など、夢中で話しました。

時間の隔たりなんて一瞬で埋まってしまいます。

 

研究室の隅にギターが置いてありました。

南極に持っていったとき一回割れたって笑っていました。

 

夢を見ているようでした。

訪ねて来てくれたこと、ここ数年で一番嬉しかったって言ってくれました。

自分はそれほど友人がいるわけではありませんが、時間も距離も超えた(こういったブログもそうかもしれません)こんな友人がいるだけで幸せです。

 

もちろん娘も直接たくさんの貴重なアドバイスをもらいました。

大学院で研究しているリケジョお姉さんのアドバイスも刺激になったようです。

志望校の志望学部に友人がいる。

こんな心強いことはありません。

あとは本人が頑張るだけです(笑)。

ノーバウンドの海

第二の故郷秋田の、好きな海。

男鹿半島の入道崎。

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インバウンドの狂騒からは、今のところほど遠い静かな海です。

かといって寂しいというわけでもなく、ちょうどいい感じに賑わっています。

背後には懐かしい感じの土産物屋さんと食堂が。

ずっとこの、ちょうどいい感じのままでいてほしい。

ここにスタバがきたら、もうだめかもね、なんて話しながら、そんな事にならないこともわかっています。

冬は雪に閉ざされるので。

 

20代の頃から通っている海。

バイクだったり車だったり、一人で来たり友達とだったり、娘が生まれてからは親子3人で何度も来ました。

よちよち歩きだった娘が、この先の崖に向かって突進していって、青くなったこともありました。

少し山側に車を走らせて、いつ行っても空いている展望台(八望台)へ。

oganavi.com

広大な風景を独り占めです。

いろんなところに誰かの、秘密の入り江や秘密の花園があるんでしょうね。

そういう場所をいくつも持てたらいいなと思います。

観光地のネームバリューとか世界遺産とか関係なく、自分にとって大切な海や山や街並みが自分の世界遺産です。

荷を解いて また詰めて

たくさんの用事とやりたいことを一度に済ますための、東北への8日間のロード。

毎日、15000歩とか25000歩とか歩きました。

普段200歩くらいしか歩かないインドアの生活なので随分くたびれましたが、楽しいこともたくさんありました。

 

ヨレヨレになって家にたどり着いて荷を解いていると、今度は南海なんちゃらで脅かされて、またリュックにいろいろ詰め込むことに・・・。

防災リュックを完成させて、本棚の補強なんかをしていると、お隣のお母さん(防災士!)が訪ねてきて、一緒に簡易トイレの使い方を勉強しませんかと。

お隣に行って、トイレを組み立てたり、凝固剤のことを習ったり、町の備蓄のことを話し合ったりしました。

何かあったら、「人の事は構わず自分の事だけ考えて全力で逃げましょう」ということも確認しあってきました。

 

静岡県民の防災意識の高さは半端ではありません。

子供の頃から「明日、東海地震が起きてもおかしくない!」なんて脅かされ続けてきました。(何で「今日」の可能性はないんだよ、なんて、いつもつっこんでましたが・・・)

 

国の言う事なんか、それほど信用していませんが、リュックの点検をする良い機会をもらったとは思っています。

 

とうの昔に覚悟はできていますし、アップもできています。

この国の美しい自然や四季も、この地形あってのもの。

地震や台風やどんな災害があろうと、先輩たちはこの地に生き続けてきました。

なんとか、生き抜いていこうと思います。

スタンドにて

また高校野球(娘が通っている高校)の応援に行ってきました。

結果から言うと、残念ながら準決勝で敗退。

3-2。

神経を抜いたはずの虫歯が何故か痛み出すほどの、痺れる試合でした。

すばらしいプレーをみせてくれた選手の皆さんと、こんな機会を与えてくれた娘に感謝です。

 

前回は保護者の多い席にいたのですが、今回はベテランの先輩方の多い席でした。

周りには、おそらく70代と思われるその高校のOBの皆様が多くいらっしゃいました。

 

そこで私はいくつもの尊いものを見ました。

手作りの応援グッズを使い、汗をふきふき選手たちに温かい声をかけ続ける方。

おそらく穴のあくほど読んだであろう、ボロボロになった選手名鑑とグランドを交互に眺めている方。名鑑には無数の付箋が貼ってありました。

ノートにトーナメント表や新聞記事をスクラップし、すべての試合のデータを鉛筆で克明に記録している方。スタメンの発表時にも一人ひとり選手の名前を書いていました。試合中もまるでスコアラーのよう。

和紙にその高校の校歌を筆でしたため、それを試合中何度も愛でるように眺めている方。もちろん校歌は一緒に歌っていました。

 

これほど愛されているこの高校と野球部はどれだけ幸せなんだろう。

思いがけず、末席に加わらせていただいた自分も、その幸せの輪の一部になれた気がします。

 

試合後、帰り支度をしていると、「和紙に校歌」の先輩に声をかけられました。

私、昔から「全然知らない人に声をかけられて、そのまま話し込む」という事が多いのです。

先輩とも、試合運び、監督の采配、対戦相手のすばらしさ、野球部の地域への開き方など、大方のお客さんがはける頃まで、ずいぶん話し込んで、また来年、なんて言ってお別れしました。

試合には敗れてしまって残念だったけど、何だか幸せな時間でした。

 

甲子園は来年(もしくは春)までおあずけ。

この夏は、大学のオープンキャンパスやなんかで忙しい。

NEXT、次だ。

切り替えて前に進もう。

高校野球 この夏は全肯定

長い間、高校野球のあり方のようなものに疑問を感じていました。(何だかエラそうですね。)

炎天下での試合、丸坊主、勝利至上主義、なぜ野球だけ特別なの?とか・・・。

 

ただ、

娘が春から通っている高校は野球の強豪校なのです。

時々、甲子園にも行きます。

 

娘がスタンドで応援するというので、私たちも球場に行くことにしました。

そして、全力で応援してまいりました。

 

腕がやけどしたみたいに真っ赤です。

実際、普段の学校での様子や事情を聞いたうえで、グラウンドの子どもたちをみたら、誰だって声援をおくりたくなります。

 

娘も友達と肩を組んで校歌(当日の朝、生徒手帳を見て暗記)を歌ったりなんかしていました。

ちなみに、娘は野球のルールをひとつも知りません(笑)。

何で盛り上がってるのかわからないまま、盛り上がっています。

 

私も、少なくともこの夏は高校野球を全肯定しています。

自分はあまり信念のようなものにこだわらないので、状況によってあっという間に転向・変節します。

その方がものの見え方が変わって、何だか生きていて面白いような気が、最近はしています。

 

いろんなことを少し批判的にとらえすぎていたのかも。

事情も知らないのに批判するのはやめよう。

その人・人たちの状況をよく知ってみることや、その輪の中に入ってみることの大切さを今頃になってわかるようになってきました。

 

試合中、対戦相手の子たちも含めて、ケガをしないようにとか、得点に結びつくエラーをしないようにとか、悔いのないようにとか、そんなことばかり考えていました。

親目線、というか「寮のおかあさん目線」になっています。

年のせいですかね。

 

娘の高校はまだ、勝ち続けています。

甲子園もあるかも。

こんな日が来るなんて思ってもいませんでした。

(追記)

明日の試合は、夏期講習のため娘たちは授業優先だそうです。

でも、担当の先生が試合の応援に行ってしまうらしく、自習だと・・・。

そんな夏期講習ってあるのか(笑)。

サルベージした音 

セミがやかましすぎ。

セミの鳴き声は70db程度だそうですが、・・・いやいやもっとあるのでは。

電車が通り過ぎるガード下が100dbって習った気がしますが、それ以上あるような。

ガード下の居酒屋なら何とか会話できますが、うちの庭では話ができませんから。

 

近所のベテラン小学生たちがうちの庭をしげしげと眺めながら、その大量のセミに感嘆しておりました。

「このうちいいなあ」だって。

ぜひ、全部お持ち帰りください!。お願いします。

 

先日読んだ藤本タツキさんの「ルックバック」

あまりの感動に、ありもしないエンドロールが脳内で流れていました。

その時の音を何とか思い出そうと、数日ピアノの前に座っていました。

時間がたち、頭を揺らすたびに記憶が怪しくなってきます。

さらに、相当部分をセミに消されました・・・。

それでも、なんとかサルベージした音で、「うそのサントラ」をつくってみました。

セミと格闘しながら、それでも忘れないうちにと慌ててつくったものなので、いろいろでたらめですが、恥をしのんで日記のつもりで残しておこうと思います。

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「ルックバック」 背中越しの未来

藤本タツキさんの「ルックバック」を読みました。

珍しく家族3人で回し読み。

映画は見ていません。

大変なことになりそうなので、たぶん見ないかな。

 

読後、猛烈に机に向かいたくなります。

娘は「マンガを描きたくなった」って言ってました。

もともと描いてるんですが。

自分も眼がこんなにポンコツでなければ、住宅一軒分、詳細図も含めて80枚くらい一気に描いてしまいそうです。

「ルックバック」だから、ある年齢以上の人にとっては過去を振り返って、何かしらの痛みを感じることにもなるのかもしれませんが、自分の場合、反応は娘と似たようなもので、思っているより気持ちは若いのかもしれません。

作品中、何度も印象的に描かれる「背中」のカット。

目に映るのは、背中越しの未来。

ルックフォワード、ルックアヘッドと言ってもいいような、強烈な前へのベクトルを感じる物語でした。

 

今は思うように図面を描けないので、机に向かうというよりは、ギターを抱えてピアノに向かいました。

ピアノはろくに弾けなくて、自分とピアノの間にはギターの通訳が必要です。

きっと、謎の背中です。

 

小説やマンガを読んでいると、いつも勝手にサントラが流れています。

この「ルックバック」も同じで、マンガには存在していないエンドロールにも音楽がついていました。

それをピアノで再生したいのです。

見た夢を朝、忘れないうちに書き留めるように(頭を揺らすとすぐ忘れます)、なんとか思い出せればいいなと思います。

ちょっと泥棒っぽいヤマモモの収穫

お隣に立派なヤマモモの木があります。

大きな樹々に囲まれた素敵なお庭で、遠くから見ると、うちの庭のようにも見えて、ちょっとお得。

うちの庭は狭いけど、こうして庭どうしがつながっていったらいいなと思います。

先日、「ヤマモモの実、いつでも好きなだけ採っていいわよ」と言っていただきまして、うちの辞書には「社交辞令」という言葉はないので、全力でいただきにあがりました。

ただ、収穫に立ち会ってもらえるわけではありませんし、道路沿いで車の通行も結構あるので、普通に「木の実泥棒」に見えます。

工事の道路使用許可みたいな看板をたてて、「許可をいただいています」みたいなことを書いておきたい。

田舎だと、そんな状況ってありませんか。

まあ、おどおどしてるから、かえって不審に見えるんですよね。

「ご厚意で採らせてもらってるんです!」って心の中で念じて、背中から「許可済」のオーラを発します。

傷んでいるものをとったり、下ごしらえをしたりして、今はシロップに変化中。

海風 山風 五感のリセット

先日、静岡市では40℃超という記録的な猛暑に。

この辺りは静岡市からはそれほど離れてはいないのですが、海沿いということもあってか、32℃ほどですみました。

地形でこんなに違うものなのか、と驚きます。

室内は29~30℃でした。

クーラーを使わなくても(無いのですが 笑)、扇風機でしのげる程度です。

海風や緑陰のありがたさ、心地よさを感じた一日でした。

建築の世界には、環境分野の様々な数値や基準がたくさんあります。

○○値みたいなものですね。

講習会や研修会に参加して、かつて一生懸命学びました。

十分理解していたつもりでしたが、「詳しいお施主さんの方がはるかに詳しい」現実に、すっかり自信を無くして、何となくその世界から離れていきました。

○○値も○○ハウスも再生可能エネルギーもSDGSも、もはや遠い世界に。

 

けっして、逆張りや何かということではなく、今はただ五感を信じて建築を考えたいというだけです。

海風、山風、木陰の冷気、朝晩の涼しさ(宿題は朝の涼しいうちに!)、西日を遮ること、軒を深く出すこと、打ち水・・・。

打ち水はかえって水蒸気が・・・、みたいな話もありましょうが、もうそういうやりとりからも、そっと距離を置いています。

気持ちが涼しくなればいいから。

風鈴も吊るしています。

その音色は自分の体感では1℃位下がります。

世界が内も外もひどいことになっていて、すべてにまともに向き合っていたら心がもちません。

環境の数値と同じように、かつては様々な情報を集めて勉強し、どんな事に対しても自分の考えを言えるように心がけてきました。

「ちょっと、よくわかりません。」っていうのは恥ずかしい事だと思ってたんです。

でも、情報を入れれば入れるほど感覚が麻痺して、疲れるようになってきました。

その「自分の考え」というのも、誰かの考えのリミックスだったりしますし。

 

現状から目を背けるというわけではないのですが、最近はできるだけ情報を遮断して、五感のリセットをするようにしています。

もうマスメディアやネットニュースに触れなくなって、ずいぶん経ちますが、それでもどこかしら自分の中にそういったものは侵入してきます。

使える時間とエネルギーは限られているから、もう少し絞らなくては。

 

信頼できる人の本や記事を読んで、信頼できる人と話をする。

いつも読ませていただいているブログの記事も、自分にとっては信頼できる人との対話です。

本やブログの記事を読んで、こんな謎の日記を書きながら、五感をリセットしていこうと思っています。

 

すでに蝉が全力で鳴いています。

いぬめり

今日、記事を更新したら、何かの拍子に急にアクセスが増えてしまいました。

小心者が物陰でこっそりと綴っている日記のようなものなので、時々発生する何とか砲という、普段の10倍、20倍というアクセス数になると、何だかもう嫌になってしまって・・・、今回も「下書き」に戻しました。

読んでくださった方、コメントをくださった方、ありがとうございます。

そして、ごめんなさい。

日陰でこそこそと、かさかさと生きていたいのです。

 

そんなこんなで、また細々と日記を。

 

皆様は百人一首の中で好きな「響き」はありますか。

意味は関係なしに。

娘に聞くと「普通【まにまに】でしょ!」みたいな返事でした。

私は断然【いぬめり】です。


何だか可愛いから。

ただ、それだけ。

特に深い意味はありません。

和歌は、あえて意味をとらずにリスニングをすると、また違った味わいがあります。

 

子供の頃、洋楽の歌詞を響きだけで聴いていたような感じでしょうか。

クロージョラーイ ザンダイキッシュー(All My Loving The Beatles)

みたいに。

今きちんと聴きとれているというわけではありませんが、多少は意味が入ってきてしまいます。

そういう意味では、音の響きだけで言葉を聴いていた貴重な時期だったなと思います。

 

百人一首の歌をそんな風に聴いてみたくて、100首、通しの音源をつくりました。

また録りなおしをしすぎて、声がかすれています・・・。

娘の試験対策用(10首ずつ暗記するそうです)のつもりもあったのですが、ほぼ自分が聴いています。

10番歌あたりで、大抵寝てしまいますが・・・(笑)。

不眠に悩まれている方は、お試しください。

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これ、考えてみたら現代日本語による一種のカバーバージョンなんですよね。

本来の読みであれば、幻想的な異国の言語のような響きを感じるのでは、と思います。

例えば、第1番歌

秋の田の 
かりほの庵の
苫をあらみ
わが衣出は 
露にぬれつつ

天智天皇

の場合、

音声記号をどうやって打てばいいのかわからないので、無理やりカタカナで表記すると、

アキヌタヌ
カリポヌイポヌ
トマヲアラミ
ワガクルムデパ
トゥユニヌレトゥトゥ

テンティ テンワウ

みたいな響きでしょうか。

 

途轍もなくハードルはあがりますが、いつか「上代日本語」、「中古日本語」など、それぞれのうたの、推測にはなりますが、当時の音韻による朗読も作ってみたいなと思っています。

これはちょっとライフワークレベル。

というか来世に持ち越しかも。