人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

田舎の喧騒

暑い日が続いていますが、お元気ですか。
セミがうるさいですね。


昨年つくった宮沢賢治の朗読音源を手直ししていました。
微妙にテンポをあげたり、ブラスを加えてコードを変えたり、ミックスのバランスをいじったり。
いろいろやってみたのですが、結局のところセミがうるさすぎてそんな繊細な作業は不可能で、微妙な変化なんてさっぱりわからないままYouTubeのチャンネルに放り込んでおきました。
涼しくなったらまた直します。

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うちはエアコンが無いので窓を全開にしています。
窓さえ開いていれば、結構涼しいのです。
ただ、セミが・・・。
あと、近所の草刈り機と、真上を飛ぶ着陸体制に入った飛行機と、まだいるのか!っていう改造マフラーのバイクとか。
救急車と消防車とパトカーのサイレンも頻繁に聞こえます。
ニューヨークっぽいです。

田舎って結構うるさいです。
東京にもながく住んでいましたが、よっぽど静かでした。


夕方、セミの大合唱が終了し、ひぐらしが物悲しく鳴いたりしてほっとしていると、近所の除草剤や野焼きの臭いで喉や目をやられます。

やりたい放題です。

知らない外国の人が「オクスリ イリマセンカ?」って訪ねてきたりするし・・・。

都会も怖いけど、田舎も怖いです。

そろそろちょうどいい感じの街に移住しようかな。

やさしさに包まれたなら 朗読:千家元麿「秘密」

千家元麿さんをご存知ですか。
せんげ もとまろ さん。
白樺派の詩人。


おととしまで知りませんでした。
愛読書の「国語便覧」にも載ってません。
大きな本屋さんやネット書店でもその詩集を手に入れることは難しそうです。
だからといって、知らなかったのは己の怠慢でした。


千家元麿
明治21年、出雲大社宮司を務めた千家尊福の子として東京で生まれますが、複雑な家庭環境から少年期は荒れた時期を過ごします。
その後、武者小路実篤ら白樺派の文人たちと交流を深めます。
30歳の時に第1詩集『自分は見た』を発表し、詩人としての地位を確立。
理想主義的で天真爛漫な作風を貫きました。
昭和23年に59歳で急逝。


日々のささやかな出来事を飾らない言葉で表現するその詩は、明るくて真っすぐで、人間や生命への温かい眼差し、愛に溢れています。
ずっと知らなくて損してました。


第1詩集『自分は見た』から、
「秘密」の朗読音源です。

秘密
  千家元麿

 

子供は眠る時
裸になつた嬉しさに
籠を飛び出した小鳥か
魔法の箱を飛び出した王子のやうに
家の中を非常な勢ひでかけ廻る。
襖でも壁でも何にでも頭でも手でも尻でもぶつけて
冷たい空気にぢかに触れた嬉しさにかけ廻る

 

母が小さな寝巻をもつてうしろから追ひかける。
裸になると子供は妖精のやうに痩せてゐる
追ひつめられて壁の隅に息が絶えたやうにひつついてゐる
まるで小さく、うしろ向きで。
母は秘密を見せない様に
子供をつかまへるとすばやく着物で包んでしまふ。

後に長男は応召し、ビルマの地で戦死しています。
かつて母親にやさしく包まれた子供。
今この瞬間にも、そんな子供たちが戦場にいます。

Long live A LONG VACATION !

自分は年中夏休みみたいなものですが、世の中も、もうすぐ夏休みですね。

うちは受験生がいるのでそれどころではないのですが。

 

CDを聴かなくなったのに、何だかCDのことばかり考えているような気がします。

そういうものでしょうか。40年以上のつきあいですから。

 

先日CDの劣化について少し触れましたが、「半永久的」と言われたCDが、いったい本当はどれくらいもつものなのか、そのレファレンスとして聴き続けたCDがあります。

 

規格番号35DH1

ある界隈の皆様はすぐにピンとくる番号。

敬愛する大滝詠一さんの「A LONG VACATION」初期版の規格番号です。

日本初(世界初)のCDのうちの一枚。

残念ながら(というほどでもないのですが)持っているものは1stプレスではなく、2ndプレス(35DH1 121A2)のもの。

1stプレスは音圧が低すぎたため、大滝さんの手によってマスタリングレベルをあげたと言われています。

ごく短期間(1stプレスの翌年)にリマスタリングが施された、これまた世界初の「リマスター版」とも言えます。

「ロンバケ」はレコードも含めると、うちに一体何枚あるんだという感じですが、音の好みでいうと、レコードとこの初期版CDが好きです。

 

プレスが1983年、最古のレベルのCDですが、全く劣化は無く、リッピング時にもエラーもなく取り込めました。

40年以上聴き続けても何ともありません。強靭です。

CDが消耗品みたいに扱われる前の、「夢のディスクを世に出そう」という意気込みが伝わってくるようです。

 

ロンバケは永遠の名盤。

東西冷戦とかいろいろありましたが、それでもきっと未来は良くなるって信じていられた80年代。

10代のBGMに、このアルバムがなってくれたこと、本当に幸せでした。

これからも聴き続けます。

きっと今度の風だ。 朗読:宮沢賢治「おきなぐさ」

ぼんやりしているうちにできていた朗読をもう一つご紹介します。
宮沢賢治「おきなぐさ」です。


「おきなぐさ」は、野に咲く2本のおきなぐさ(うずのしゅげ)の生涯と旅立ちを描いた、切なく美しい物語。


2本のおきなぐさは風や光を感じたり、小さな生き物たちと交流したり、楽しくひたむきに生きています。

やがて花は終わり、それはすっかりふさふさした銀毛の房に変わっていました。

そして、そろそろ旅立ちの時を迎えます・・・。

 

そこには恐れも悲しみもありません。

 

「おきなぐさ」は、一つの命の終わりと循環を魂の救済へと昇華させた、珠玉の物語です。

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ひとり静かに咲く 朗読:宮沢賢治「まなづるとダァリヤ」

ぼんやりしている間にいくつか朗読の音源ができていました。
自分はまったく何もしていないのですが、紹介させてください。

今回ご紹介させていただくのは、宮沢賢治「まなづるとダァリヤ」です。


1本の赤いダァリヤ(ダリア)は、自らの美しさにうぬぼれ、花の女王になることを夢見ています。
お付きの黄色い花たちに褒められても満足せず、空を飛ぶまなづるに「あたしずゐぶんきれいでせう。」と同意を求めますが、はぐらかされ続けます。

やがて月日は流れ・・・

 

登場キャラクター
赤いダァリヤ:自尊心が高く、美しさに強い執着を持つ主人公。
黄色いダァリヤ:赤い花を熱心に引き立て、寄り添う2本のダァリヤ。
白いダァリヤ:少し離れた場所でひっそりと咲き、まなづると静かに心を通わせる控えめな花。
まなづる:空を優雅に飛びながら、花たちの営みを一歩引いた視点で見つめる鳥。

 

美への執着と、過ぎ去る時間の残酷さを描いた、ちょっと切ない物語です。

 

心の呟きまで増幅され拡散してしまう、おしゃべりで騒々しい世界。

ひとり静かに咲いていることはできるでしょうか。

(※最初、動画の埋め込みが上手くできていなかったので直しました。)

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CDリッピング ひたすら吸い出す日々

CDプレーヤーが壊れたので、持っているCDをリッピングしようと思いました。

PCで吸い出して、なにがしかのアプリケーションで再生できるようにするためです。
といっても、そんな事今まで考えたこともなかったので、とりあえず検索してみることに。

最初に出てくるAIによる回答をみると、「一刻も早く始めてください!」という煽りが。
CDの劣化は思ったより速く、20年、30年前のものはもう読み取れなくなっている可能性があるとのこと。

「半永久的なメディア」じゃなかったのか!。
「半」って言ってたから嘘じゃなかったけど。

レコードもそうですが、CDも相当丁寧に扱ってきました。
保管もきちんとしているので、傷も汚れもほとんど無く、見た目は新品同様です。
ところがどうも、見た目が問題なくても内部の記録層が劣化していることがあるそうです。

というわけで、やや焦りつつ作業を始めることにしました。

データの形式はFLAC(ロスレス 可逆圧縮)にしました。
音質は変わらず、CDのWAV形式のデータの半分くらいに圧縮される上に、曲名・アーティスト名・ジャケット写真などのタグ情報の管理もしやすい形式です。(素人なので間違っていたらすみません)
ちなみに個人用のバックアップなので、もちろん合法(著作権法第30条「私的使用のための複製」)です。

EXACT AUDIO COPY(EAC)というフリーソフトを使いました。
このソフトはCDにエラーがあった場合、かなり執拗にエラー訂正を繰り返してくれるようです。
読み取りにはSecure modeというできるだけ完全なコピー(この界隈ではBit Perfectと呼ぶそうです)を目指すモードを使いました。
それもあって、ディスクの交換や何かを含めたら、一枚辺り平均すると30分くらいかかってしまいました。

▶▶▶▶▶

1400枚くらいやったところで、心が折れて終了。
あとは、気が向いたときに。

700時間!。
自分がずっとはりついて作業しているわけではないのですが、それでも結構な作業量でした。
こつこつと地味な作業を続けました。
チリツモです。
なんとかPC経由でCDの音源を聴けるようになりました。

普段マイクやギターを接続するために使っているオーディオインターフェイス(Steinberg UR22C)をDAC(Digital-to-Analog Converter)代わりにして、モニタースピーカー(YAMAHA HS3)から音を出しています。

タグ情報の管理はMp3tagというフリーソフト。
再生にはMusic Beeというフリーソフトを使っています。
何でも、フリーソフトです。

くたびれました。

何千枚、何万枚と所有している先輩方はどうされてるんでしょうか。
音楽好きにとっては終活の一大テーマですね。
保存したデータも、バックアップやそのバックアップって順繰りの作業が続くのかな。
写真や動画のデータと同じですね。

やっぱりレコードや紙がいいです。

追記

自分の環境だと100枚に1枚くらいは劣化が進んでいて、読み取りに難がありましたし、そのうち数枚はCDとして認識することもできませんでした。
確かにAIの「一刻も早く」というのは大げさではなかったようです。

HELP!「米国版」 その乙な感じに今頃気付く

こどもの頃、兄が「うっかり」買ってきたBeatlesのHELP!「米国版」(の国内版)。

当時のレコード屋さんのBeatlesのところには、英国(編集)版、米国(編集)版、日本(編集)版がごちゃまぜに並んでいました。

帯のところにはそれぞれの国旗がデザインされているので、わかるようにはなっているのですが、内容がどんな編集になっているのかなんて、こどもにはわかりゃしません。

 

1曲目にヘルプ!と書いてあるんで、例の「HELP!!」から始まるかと思いきや、何か007みたいな曲が始まってズコッとなった記憶があります。

Beatlesの曲は半分くらいしか入っていなくて、後はよくわからない曲たち。
何だか損したような気がしました。

よく見ると、「ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK」って書いてありますけどね、こどもなので・・・。映画も見たことありませんでしたし。

 

お祭りの夜店で西城秀樹のカセットを買ってみたら、「西城秀樹の曲を知らないおじさんが歌ってた」みたいな話はよくありましたが、そこまでいかないまでも、かなりがっかりしたことを覚えています。

40何年かぶりに聴いてみたんです。
メチャクチャ良いです。
こればっかり聴いてます。

この「乙な感じ」がようやくわかるようになってきたという事でしょうか。

英国版はオリジナルの映画挿入歌7曲に、当時のヒット曲7曲。
米国版は同じくオリジナルの映画挿入歌7曲とケン・ソーンの編曲によるサウンドトラック、いわゆる劇伴が組み合わさった編集になっていて、ジャケットに書いてあるとおりの、サントラ然とした雰囲気をたたえた、味わい深いアルバムになっています。
 

A面    Help! ※007風イントロ付き
          The Night Before 
          From Me To You Fantasy ※劇伴
          You've Got To Hide Your Love Away
          I Need You
          In The Tyrol※劇伴

B面    Another Girl
          Another Hard Day's Night ※劇伴
          Ticket To Ride
          The Bitter End / You Can't Do That※劇伴
          You're Going To Lose That Girl
          The Chase※劇伴

(太字がbeatlesオリジナルの挿入歌)

すでに映画を見ているからかもしれませんが、あのドタバタした謎のスパイ映画みたいなコミカルな感じやユーモア、当時のイギリスからみたオリエンタルなものへのイメージやなんかが滲み出てくるんです。

ジョージがシタールを取り入れるのに一歩先んじで、ケン・ソーンがそれを大々的に取り入れていて、その後やってくるサイケデリックの時代の萌芽のようなものを感じられるのも発見でした。

同じ「HELP!」でも全くの別物。

英国版が甲なら、米国版は乙。
英国版は、名曲満載の最強のロックアルバム。
米国版は、beatlesの曲は7曲しか入ってないけど、1965年のロンドンの空気を閉じ込めたドキュメンタリーのようなサントラ。

アルバムの完成度としては乙な米国版のほうが高いかも。

もっと早くから聴いておけばよかった。
それこそ、損しました。
でも、これもCDプレーヤーが壊れたおかげです。

レコードの思ひ出 ヒゲが苦手なこどもでした

CDプレーヤーが壊れたのでレコードばかり聴いています。

こどもの頃買ったものばかりで、半世紀ぶりくらいに針を落とすものもありますが、ものすごく丁寧に扱っていたので、汚れやカビをきれに拭き取れば当時の音が蘇ります

傷もありませんし、中古レコード界隈でいうところの「ヒゲ」もありません。

「ヒゲ」とは、ターンテーブルにレコードを載せる際に、センターの穴を一発でスピンドルに合わせずにグリグリとやった跡のことですね。

小さな頃からあれが苦手で、レコード屋の店員さんに試聴させてもらうときなどに、グリグリっとやっているのを見ると、絶望的な気持ちになったものでした。

厳かな気持ちでターンテーブルの真上にレコードを構え、銀色のスピンドルを凝視しつつ、垂直に慎重に着地させます。
そして、さらに厳かに針を落とす。そんな儀式。

そういうこどもでした。それだけ、レコードは宝物のような存在だったんです。

CDをリッピングしていてつくづく思いましたが、CDは読み取りに深刻なエラーがあればゼロになってしまいます。
デジタルの情報は脆弱ですね。

古い奴だとお思いでしょうが、やっぱりアナログのもの、音はレコードやテープ、本は紙が強いですね。
もっと言えば、演奏技術の継承や暗唱、口伝が最強なのかもしれません。

さよならCD 再びレコードリスナーに

少し前、20年ほど使っていたCDプレーヤーが壊れました。
高級なものではなく、ビンゴ大会の景品か何かでもらったものなのでした。


寒くなると動きが悪くなったり、春になると復活したり、調子が悪いときには「叩いて直す」タイプでしたが、それでも、大切に使っていたので長い間頑張ってくれました。


プレーヤーを製造しているメーカーも、機種も、かなり減ったんですね。
限られた選択肢の中から、信頼しているメーカーのものを購入しました。
ただ、届いた初日から、再生ボタンを押しても再生されなかったり、停止ボタンを押しても止まらなかったり・・・。

ファームウェアが古いものだったら更新してください、と取説にあったので更新すると、今度は再生中に止まってしまうようになりました。
何か対処法があるかなと思ってメーカーに問い合わせをしましたら、「初期不良なので返品か、交換をしてください」とのこと。


もう終わっていたんですね。
10年前からわかっていたのになんとなく認めたくなかった、CDの時代の終わり。
お言葉に甘えて返品させてもらい、ここのところレコードばかり聴いています。


10代の終わり頃から本格的なCDの時代になったので、持っているレコードは小学生から高校生の頃に買って聴いていたもの。
よく言う、「擦り切れるほど」聴き込んだ音ばかり。
100万曲がスマホで、みたいなものも夢のような世界かもしれませんが、アレンジの一つ一つ、ギタリストがミスったノイズや曲間のタイミングまで、滋味深い食材のように体に吸収していたあの頃は、それはそれで夢のような贅沢な時間だったのかなって思います。


大量のCD、処分するなどということは自分にはできないので、この後怒涛のリッピング作業に入ったのでした。

 

(せっかく投稿を再開したのに、恒例のぎっくり腰になってしまい、椅子に座ったら最後当分立ち上がれないので、写真を撮れません・・・)

ZEROを目指して

ご無沙汰しております。お元気ですか。


ここのところ、主のいなくなった実家の片付けや相続の手続きなどに追われておりました。
3日の間に母と父が相次いで他界したため、「数次相続」という、ちょっと複雑なものになってしまいました。
それでも、他人の手を借りず、みんなで手分けして書類を整え、(役所には意地悪されましたが・・・)なんとか無事終えることができました。


「財産が無い」ということの、ありがたさを噛み締めています。
爽やかなものです。
これは両親に感謝しないといけません。


ちょっと前に「DIE WITH ZERO」という本が話題になりました。
お尻がわからないのでZEROはなかなか難しいですが、娘にいらない苦労をさせないよう、ちょうどいい感じを目指していきたいと思います。


「銀河鉄道の夜」に登場する「鳥を捕る人」のセリフにこういうのがあります。

ああせいせいした。どうもからだに恰度合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。

これです。これが一番です。

千年の時を越える「夢で逢えたら」

小野小町の名歌、「思ひつつ」の朗読音源をつくりました。
背景の音は冬につくったものを再利用したものです。

思ひつつ
寝ればや人の
見えつらむ
夢と知りせば
覚めざらましを

 

思いながら眠りについたから
あの人が夢に現れたのかな
もし夢と知っていたなら
覚めなかったのに

 

夢で逢いたい人は誰ですか。

たくさんいますよね。

昔飼っていた犬にも逢いたいです。

 

古今東西、普遍のテーマですね。

敬愛する大滝詠一さんの名曲「夢で逢えたら」が二重写しになります。

夢でもし逢えたら 
素敵なことね
あなたに逢えるまで 
眠り続けたい

大滝さんのインタビューやラジオなど、こどもの頃からたくさん読んだり聴いたりしてきましたが、自分の記憶の範囲では、この「夢で逢えたら」と小野小町との関連に言及したことはなかったように思います。


ただ、制作上直接の関連は無かったとしても、日本文芸の中に流れる「夢恋」、「夢路」、「夢の通い路」といったテーマが千年の時を越えて響き合っていることにロマンを感じます。


Roy OrbisonのIn Dreamsなども同様のテーマなので、これは世界共通ですね。


新海誠監督が「君の名は。」を制作するにあたって、この「思ひつつ」から着想を得たとコメントしていましたが、そのようにして、長い年月を行ったり来たりしながら、また新しいものが生まれていくのって素敵だなと思います。


藤原定家が確立した「本歌取り」の手法、現代に続くオマージュや、元ネタに敬意を持ったサンプリング、インターポレーションなど、こういった愛のある引用っていいなと思います。

これからやってくる、逃げたくてももう逃れられない「大生成AI時代」にこそ、過去をフラットな「素材」として学習することにとどまらない、自分の身体を通した、先人との対話、歴史への能動的な応答、文化・文脈の継承としての「本歌取り」や「オマージュ」を捉えてみる視点が大事になってくるのかなと思っています。

ちょっと大げさですが・・・。

花の色は

大変ご無沙汰しております。
おかわりありませんでしょうか。 

 

年明けからどうにも体調が悪く、3ヶ月ぼんやりとしておりました。

昨年後半の記憶がすっかり飛んでしまったり、本を読んだり文章を書いたり、まるでできなく、どうしようかと思っていましたが、家族が温泉に連れて行ってくれて、娘と卓球をしたりなどしているうちに、なんとなく回復の兆しが見えてきました。

どこで何をするのかほとんどわからないままの旅行でしたが、まかっせきりでただついて行くのも楽しいなと思いました。

これからは、あまり一人で責任を背負い込まず、奥様と娘様に頼って生きていくのも良いかな、と思うようになりました。


今年は「実家の片付け」という年齢相応の仕事が待っています。
手続き的なことも含めて厄介ですが、それこそみんなの力を借りながら乗り切ろうと思います。

それから、娘の大学受験です。
娘と一緒に過ごす最後の一年間です。
この間幼稚園に入ったと思ってたのに。

何だか「最後のお勤め」的な新年度になりそうですが、なんとかぼちぼちやっていこうと思います。


リハビリで、年末に弾いたピアノのデータを利用して小野小町の「花の色は」の朗読音源をつくりました。
このあたりもそろそろ桜が咲きます。
家族3人でお花見に行きたいと思います。

何と云はれても

今年の終わりに、宮沢賢治「何と云はれても」の朗読音源をつくりました。


未発表の作品群、「詩ノート」とも呼ばれるものの中に含まれている詩で、あまり有名なものではないかもしれません。
それでも、「雨ニモマケズ」と並ぶ、宮沢賢治マニフェストのようでもあり、彼の祈りのようでもあるこの詩が好きです。


ひとの評価が膨張して、それを飲み込んだアルゴリズムという神様に心まで支配されそうな2025年の終わりに。

何と云はれても

心が解放され、浄化されるような気がします。


何と云はれても
わたくしはひかる水玉 
つめたい雫 
すきとほった雨つぶを
枝いっぱいにみてた
若い山ぐみの木なのである 


皆様、良いお年を。

 

ゆきのうた

何がどうなっても雪が降らない地域に住んでおりまして、ですからそれには大変な憧れを持っています。

年に数回、風花っぽいものが舞ったりしますが、それで大騒ぎします。

長いこと東北・北海道に住んでいましたので、雪とつきあう事の大変さは身にしみていますが、それでも雪への憧れは変わりません。


札幌に住んでいる頃、仕事の関係で帰宅は毎日のように深夜でした。

真冬、腰のあたりまで積もっている雪の中を歩く深夜。

雪が音をすっかり吸い込んだ無音の世界を月が白く照らしている、そんな深夜の時間が大好きでした。

あまり気持ちよくてうっかり深呼吸なんてしてしまうと、肺のあたりがパリパリっとなりました。

あの冬の心躍る気分と肺のパリパリを思い出しながら、この「雪」の朗読音源をつくりました。


山村暮鳥の、真っ直ぐな美しい詩です。

 


山村暮鳥

きれいな
きれいな
雪だこと

畑も
屋根も
まつ白だ

きれいでなくつて
     どうしませう

天からふつてきた雪だもの

 

「いちめんのなのはな~」で有名な山村暮鳥さんですが、この「雪」は最近知って、その素朴な表現に感動しました。

難解なものより、こうした、心をそのまま言葉にしたようなものが自分は好きです。

 

随分前に自分のつくった曲にのせるために、SnowSongという、照れ隠しか何かなのか、英語で歌詞をつくりました。

心持ちが山村暮鳥さんの「雪」に似ているような気がして、ちょっと嬉しかったです。

SnowSong

Something is falling from the sky  
Drifting down from the winter air  
It must be snow, right? 
Only lovely things fall from the sky  
Every child knows it well 
And we sing a snow song

youtu.be

新時代のコペルニクスへ 新たな詩人へ

昭和百年だなんて浮かれていたら、年の後半は災難や不幸が続いてすっかり意気消沈していました。

ただ、いつまでも下を向いているわけにはいきませんので、今年のうちに前を向いて歩き出そうと気持ちを切り替えることにしました。

 

いつも心を奮い立たせてくれる、宮沢賢治「生徒諸君に寄せる」の朗読音源をつくりました。

この「生徒諸君に寄せる」は、1927年に「盛岡中学校校友会雑誌」への寄稿を求められて書いたとされていますが、未完成・未発表で、書きかけの断片・断章がいくつも残っていたというものです。

ですから、作品集や詩集によっては構成や表現が異なっていて、もし完成させていたらどんなものになっていたんだろうって、想像が膨らみます。

 

今回は全体の1/3ほどを抜粋して再構成したものを朗読し、自前の曲(デモテープのようなラフなものです)にのせました。

(この、作品や素材の再構成、編纂、リミックスマッシュアップのようなものについては、書いておきたいことがたくさんあるのですが、またの機会に少しずつまとめようと思います。)

 

生徒諸君に寄せる(抜粋のうえ再構成)
宮沢賢治
 
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

 

それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

 

諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ

 

誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを云ってゐるひまがあるのか

 

新らしい時代のコペルニクス
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て

 

新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ

これは自分に対する一種の檄文です。

それから、ついでにと言ってはなんですが、娘へのそれでもあります。

娘は地球物理の研究のために受験勉強をしているようです。

そして研究をしつつ小説家になろうという夢も持っています。

だから彼女もまた、新時代のコペルニクス、新たな詩人。

自分からみたら、娘に限らず若者は眩しいほど輝いています。

賢治でなくとも、世界と地球の未来を、希望を、彼ら彼女らに託したくなります。

宮沢賢治 #生徒諸君に寄せる #朗読 #DTM