人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

何と云はれても

今年の終わりに、宮沢賢治「何と云はれても」の朗読音源をつくりました。


未発表の作品群、「詩ノート」とも呼ばれるものの中に含まれている詩で、あまり有名なものではないかもしれません。
それでも、「雨ニモマケズ」と並ぶ、宮沢賢治マニフェストのようでもあり、彼の祈りのようでもあるこの詩が好きです。


ひとの評価が膨張して、それを飲み込んだアルゴリズムという神様に心まで支配されそうな2025年の終わりに。

何と云はれても

心が解放され、浄化されるような気がします。


何と云はれても
わたくしはひかる水玉 
つめたい雫 
すきとほった雨つぶを
枝いっぱいにみてた
若い山ぐみの木なのである 


皆様、良いお年を。

 

ゆきのうた

何がどうなっても雪が降らない地域に住んでおりまして、ですからそれには大変な憧れを持っています。

年に数回、風花っぽいものが舞ったりしますが、それで大騒ぎします。

長いこと東北・北海道に住んでいましたので、雪とつきあう事の大変さは身にしみていますが、それでも雪への憧れは変わりません。


札幌に住んでいる頃、仕事の関係で帰宅は毎日のように深夜でした。

真冬、腰のあたりまで積もっている雪の中を歩く深夜。

雪が音をすっかり吸い込んだ無音の世界を月が白く照らしている、そんな深夜の時間が大好きでした。

あまり気持ちよくてうっかり深呼吸なんてしてしまうと、肺のあたりがパリパリっとなりました。

あの冬の心躍る気分と肺のパリパリを思い出しながら、この「雪」の朗読音源をつくりました。


山村暮鳥の、真っ直ぐな美しい詩です。

 


山村暮鳥

きれいな
きれいな
雪だこと

畑も
屋根も
まつ白だ

きれいでなくつて
     どうしませう

天からふつてきた雪だもの

 

「いちめんのなのはな~」で有名な山村暮鳥さんですが、この「雪」は最近知って、その素朴な表現に感動しました。

難解なものより、こうした、心をそのまま言葉にしたようなものが自分は好きです。

 

随分前に自分のつくった曲にのせるために、SnowSongという、照れ隠しか何かなのか、英語で歌詞をつくりました。

心持ちが山村暮鳥さんの「雪」に似ているような気がして、ちょっと嬉しかったです。

SnowSong

Something is falling from the sky  
Drifting down from the winter air  
It must be snow, right? 
Only lovely things fall from the sky  
Every child knows it well 
And we sing a snow song

youtu.be

新時代のコペルニクスへ 新たな詩人へ

昭和百年だなんて浮かれていたら、年の後半は災難や不幸が続いてすっかり意気消沈していました。

ただ、いつまでも下を向いているわけにはいきませんので、今年のうちに前を向いて歩き出そうと気持ちを切り替えることにしました。

 

いつも心を奮い立たせてくれる、宮沢賢治「生徒諸君に寄せる」の朗読音源をつくりました。

この「生徒諸君に寄せる」は、1927年に「盛岡中学校校友会雑誌」への寄稿を求められて書いたとされていますが、未完成・未発表で、書きかけの断片・断章がいくつも残っていたというものです。

ですから、作品集や詩集によっては構成や表現が異なっていて、もし完成させていたらどんなものになっていたんだろうって、想像が膨らみます。

 

今回は全体の1/3ほどを抜粋して再構成したものを朗読し、自前の曲(デモテープのようなラフなものです)にのせました。

(この、作品や素材の再構成、編纂、リミックスマッシュアップのようなものについては、書いておきたいことがたくさんあるのですが、またの機会に少しずつまとめようと思います。)

 

生徒諸君に寄せる(抜粋のうえ再構成)
宮沢賢治
 
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

 

それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

 

諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ

 

誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを云ってゐるひまがあるのか

 

新らしい時代のコペルニクス
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て

 

新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ

これは自分に対する一種の檄文です。

それから、ついでにと言ってはなんですが、娘へのそれでもあります。

娘は地球物理の研究のために受験勉強をしているようです。

そして研究をしつつ小説家になろうという夢も持っています。

だから彼女もまた、新時代のコペルニクス、新たな詩人。

自分からみたら、娘に限らず若者は眩しいほど輝いています。

賢治でなくとも、世界と地球の未来を、希望を、彼ら彼女らに託したくなります。

宮沢賢治 #生徒諸君に寄せる #朗読 #DTM

そのとき風がどうと吹いて来て

リハビリに短い朗読音源をつくっています。
宮沢賢治風の又三郎」冒頭の四行詩の部分だけ朗読を録って、音楽にのせました。
「どっどど どどうど~」のところです。
ちょっと変わった朗読です。
何だか、変なものしかつくれなくなってきたような・・・。

音は随分前につくったものをつくりなおしました。
ジェフ・ベックが他界して落ち込んでいた頃のものなので、なんとなくそれっぽい音が鳴っているような気がします。

風の又三郎ジェフ・ベック
何の関係もありませんが、又三郎の起こす風は、自分の中では「蒼き風」ということで、微妙にBlueWindっぽいフレーズを2小節分ねじ込んで、それで良しとしました。


小学生のころ「しんちゃん」という同級生がいました。
ちょっと暴れん坊で怒り出すと手がつけられなかったんですが、普段は優しくて、自分は好きでした。
クラスが変わって、気がついたらいつの間にか転校していました。
地元の同級生に時々その、しんちゃんの話をするんですが、誰も覚えていないって言うんです。
逆に誰かに、「〇〇ちゃんていたよね!」って言われても、自分も含めて誰も、全く覚えていないっていうパターンもあります。

それぞれに又三郎的な子っているのかな。
それともヘルマン・ヘッセデミアンみたいな存在かな。

ぼけ封じ

娘が「ぼけ封じの御守」を買ってきてくれました。
修学旅行のお土産です。


・・・まだ50代なんですが。
ぼけ始めてるのか!。

まあ、キレキレの親だとこどもは疲れるだろうから、これくらいがいいのかな。
自分もちょっと楽だし。


イツモシヅカニワラッテヰル
好々爺ってのもいいかも。
やっぱりちょっと早いな。

添い遂げるということ

ほんとに仲の良い夫婦だった。
と、そういうことにして語り継いでいこうと申合せをして、ご近所の皆さんと大笑いしてしまいました。


息子の自分から見ても、両親は決して仲が良いようには見えませんでしたが、外に現れている部分とは違い、もっと奥の方ではどこか分かち難く繋がっていたのかもしれません。


二人は途中からほぼ同期していました。


同じような時期から二人して認知が衰え始め、
二人して立てなくなり、要介護レベルを上げ、
二人して肺炎になって入院し、
ものを食べられなくなって、
二人して点滴と酸素マスクの状態になりました。


医師と相談のうえ、最後は家で、ということでまず父を退院させ、なかなかタイミングが会わなかった母を、ようやく連れて帰って、久しぶりに二人並んでベッドで横になることができました。


帰宅できて安心したのか、母は見たこともないような満面の笑みを浮かべ、そして、その後少しずつ呼吸が浅くなり帰宅の5時間後、旅立ちました。


父は目を開けることは叶いませんでしたが、それを感覚で見届けて安堵したのか、彼の呼吸もまた徐々に間隔があき、三日後、母の通夜の晩、静かに永い眠りにつきました。


根の繋がった二本の老木がゆっくりと枯れ、静かに倒れてゆくような見事な最後でした。


立ち会えた自分は幸いでした。

耳は聞こえていると聞いたので、二人にはひたすら感謝の言葉を伝え続けました。

それから、みんなもう大丈夫だから安心してって。


兄も姉も早くに亡くしてしまい、一人残った無能の末っ子でしたが、少しは親孝行できたかな。

もちろん悲しみはありましたが、それ以上に、感じたことのない大きな静かな感動のようなものに包まれていました。

添い遂げるとは、こういうことかと。

エンドロールが流れそうな美しい夫婦の閉じ方でした。


自分と両親。

決して仲の良い親子ではありませんでした。
母には、「私の葬式には出るな!」なんて言われましたが、しっかり出ましたよ。
何度親子の縁を切ったり切られたりしたか。

でも、
ほんとに仲の良い親子だった。
と、そういうことにして、これから生きていこうかな。
じゃないと寂しいから。

自分以外みな偉い

このくらいの年齢になってきますと、古い友人や同期だった仲間、年の近い先輩後輩などの活躍ぶりをよく見聞きします。

研究者、起業家、有名なアナウンサーや映画監督、某政党の幹事長。
以前は、自分も頑張らないとなんて思ったり、少しうらやましかったりしたものですが、今ではそうした気持ちがほとんど消えてしまいました。


メディアにほとんど触れなくなったこともあります。
加えて、人知れず何かを成し遂げている偉人の存在に気づくようになったこともあります。
それは一人の会社員だったり、
一人のお父さんお母さんだったり、
両親がお世話になっている介護スタッフのみなさんだったり。
偉大な仕事は人知れず成されている。
それに今頃気づくとは。
自分だけが偉くないことは、相変わらずなのですが。


そんなことを思いながら、石川啄木の朗読音源をつくっていました。


友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ


昨日の自分の日記のようです。

 

虹でございました

大変ご無沙汰しております。

お変わりありませんでしょうか。


長い夏の間に体調を崩してしまい、随分お休みしてしまいました。

リハビリのつもりで少し書いています。


夏の終わりの大きな出来事は、竜巻でした。

史上最大と言われる竜巻がこの町と隣町を襲ったのです。

うちは庭が大荒れになった程度で家は無事でしたが、歩いてほんの10分ほどのあたりは、ちょうどその通り道になっていて、屋根は壊れ、電柱は倒れ、車がひっくり返っていました。

風の恐ろしさをあらためて感じました。

お気の毒に、まだそのあたりの多くの家はブルーシートがかかったままです。

一日でもはやく、もとの生活に戻れますように。


強さや恐ろしさと、しかし、優しさや美しさをも全部ひっくるめての自然。

そんな自然の力を感じた夏でした。


それこそリハビリのつもりで、30秒ほどの、ごく短い朗読音源をつくりました。

音は、詩をぶつぶつつぶやきながらピアノでつくりました。


宮沢賢治「報告」という短い詩です。

 

報告

宮沢賢治

 

さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました

もう一時間もつづいてりんと張つて居ります

 

この詩からもまた、大きな自然の力を感じます。

虹を見た驚きと喜びが宮沢賢治らしく素直に表現されています。


美しいものに出会った感動を誰かと共有したい。

それが芸術や創作の原点なのだとあらためて思います。


短いので縦のショート動画の形式でつくってみました。

短冊っぽくて、詩や和歌の縦書きの表現にむいているのかもしれません。

 

天国でRandyを肩車してるかな

唯一無二、最高のヴォーカリストが旅立ちました。

rollingstonejapan.com

その生き様はHR/HMそのものでした。

どれほどコピーし、学ばせてもらったか。

大好きなRandyを天国で肩車できてたらいいな。

 

2年前に弾いた、下手なDee。

今日も下手なままのDeeを繰り返し弾きます。

youtu.be

オジー・オズボーン #ランディ・ローズ #Dee

十五の心 15の夜

石川啄木の短歌「十五の心」(「不来方の」)の朗読音源を制作していました。

この短歌は、第一歌集『一握の砂』に収められた、三行・分かち書きの作品です。

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五の心

十五歳という微妙な年齢に宿る、透明で繊細な感情を捉えた名歌ですね。

十代の少年が抱く漠然とした不安、孤独、焦燥、そして夢や可能性。

そうした複雑な思いが、広大な空へと吸い込まれていく。

そんな情景が、印象的に描かれています。

 

短歌や俳句のようにタイトルのないものをどう呼んだらいいのか、いつも迷います。

この歌も、初句「不来方の」で呼ぶのが一般的かもしれませんが、私には「十五の心」という呼び方の方がしっくりきます。

尾崎豊「15の夜」と、どうしても重ねてしまうからです。

 

「十五の心」「15の夜」
石川啄木尾崎豊

ともに、閉塞的な世界から抜け出そうとした若者たち。

 

啄木が憧れた空。

尾崎が見つめた都会の夜に宿る自由。

その視線の先にあるものは、どこかでつながっているように感じます。

 

実はこの詩的な共鳴には、尾崎のプロデューサー・須藤晃氏の文学的素養が大きく関わっていたと言われています。

<インタビュー>須藤晃 ~15にまつわる話 Vol.4「15の夜」~ | Special | Billboard JAPAN

須藤氏は啄木とこの短歌に深く共感していて、「十五」という数字にもこだわりを持っていたようです。

もともと尾崎がこの曲につけていたタイトルは、なんと「無免許」だったそうですが、須藤氏の提案で「15の夜」に変わったのです(GJ)。

尾崎もその提案に「十五夜みたいですね」と応じたとされ、啄木の詩情が、この名曲に息づくこととなりました。

このことからも、啄木の短歌が尾崎の創作に影響を与えたことは間違いないようですね。

 

「十五歳」という、未熟で不安定な時期。

自分と世界の距離を測りかねるような感情。

尾崎はそれらを、啄木の表現を媒介にして再確認し、自らの歌に昇華させたのだと思います。

 

さらに、「卒業」の冒頭の歌詞、

校舎の影
芝生の上
すいこまれる空

この一節も、啄木の

お城の草に寝ころびて
空に吸われし

と、見事に響き合っています。

芝生、空、そして「すいこまれる」という言葉。

啄木の世界を80年後、バブル前夜の十代の感性に置き換えた光景です。

 

そして、啄木と尾崎にはもう一つ、共通点があります。

どちらも26歳という若さでこの世を去ったこと。

啄木は1912年、肺結核で夭折。

尾崎は1992年、急性肺水腫により急逝。

どちらも母親の死の直後、そして東京・文京区で最期を迎えたという奇妙な一致もあります。

こうした偶然の重なりに、私は二人の間に不思議な「縁」のようなものを感じずにはいられません。

 

26年という短い生涯の中で、
啄木は「十五の心」に青春の儚さを刻み、
尾崎は「15の夜」や「卒業」に十代の孤独と希望を焼きつけました。

そこには、生き急ぐような魂の叫びが、時代を超えて共鳴しているように思えます。

 

十九歳の頃、私も不来方城跡(盛岡城跡)を訪れ、空を見上げたことがあります。
(寝転んでみたかったけれど、恥ずかしくてできませんでした。)

それでも、あのとき「十九の心」もまた、確かに空へと吸い込まれていったように思います。

youtu.be

【コーラスパートはVoiSonaを使用して制作しました。】

 使用ボイスライブラリ:知声

#石川啄木 #十五の心 #不来方の #尾崎豊 #15の夜 #卒業 #朗読 #ナレーション #サントラ #DTM

 

こどもが守られる世界

以前つくった「雪」の朗読音源の音が気に入らなくて直していました。


三好達治


太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

たった二行の美しい詩。
短さ故に様々な解釈ができますね。


太郎と次郎は兄弟で、一つ屋根の下に眠っているのか。
それとも、友達やいとこか何かで別々の家なのか。


私は、「太郎」、「次郎」という一般的な名前を使っていることから、
こどもたちすべて、もちろん時差や季節の違いはありますが、
世界中のこどもたちが守られながら安心して眠っている様子を思い浮かべます。


寝かしつけているのは、お母さんなのかお父さんなのか。
おじいさんやおばあさんやお兄さんやお姉さんかもしれません。
私は建築の設計者なので、屋根がこどもたちを守っているイメージにも心を打たれます。


すべてのこどもが、こんなふうに守られる世界になればいいなと思います。

youtu.be

空から降るものは

どうにも諦めが悪く、一昨年つくった音源をしつこく直しておりました。

 

何となくしっくりこなくて、アレンジを変えて朗読の背景に使ったりしましたが、元の形に戻そうと思い、詩を一部書き直し、いくつもトラックを足してつくりました。

 

遠い国の、戦火のなかの子どもたちを思い、つくったものでした。

 

空から降ってくるものは素敵なものだけ。

そんなの当たり前だよ!って、子どもたちが言える世界になりますように。

 

Snow Song

 

Something is falling from the sky

Drifting down from the winter air

It must be snow, right?

Only lovely things fall from the sky

Every child knows it well

And we sing a snow song

 

Something is falling from the sky

Fluttering down from the springtime breeze

It must be cherry blossoms, right?

Only lovely things fall from the sky

Every child knows it well

And we sing a sakura song

youtu.be

・ナレーション部分は「音読さん」の読み上げです。

    音声:Ana   English(USA)

 

・四声のコーラスセクションはVoiSonaを使用して制作しました。

    使用ボイスライブラリ:知声
 

林檎のイノセンス

折り返し地点を過ぎた帰り道みたいな日々なので、これまで捨ててきたものを拾い集めたり、その答え合わせのようなことをしたり、そんなことをしがちです。

 

これは、もしかしたら「ミッドライフクライシス」の症状なのかもしれません。


過去、特に十代に置き去りにしてきてしまった多くのものと、もう一度出会い直したいと、最近よく思います。

 

そんな出会い直しの一つとして、島崎藤村「初恋」の朗読音源をつくっていました。


たぶん教科書に載っていたと思うんですが、まるでなんとも思わず素通りしていました。

十代のイノセンス

そのようなものは、失ってみないとわからないのでしょう。

 

初恋

島崎藤村

 

まだあげ初めし前髪の

林檎のもとに見えしとき

前にさしたる花櫛の

花ある君と思ひけり

 

やさしく白き手をのべて

林檎をわれにあたへしは

薄紅の秋の実に

人こひ初めしはじめなり

 

わがこゝろなきためいきの

その髪の毛にかゝるとき

たのしき恋の盃を

君が情に酌みしかな

 

林檎畠の樹の下に

おのづからなる細道は

誰が踏みそめしかたみぞと

問ひたまふこそこひしけれ

四連構成七五調文語定型詩
これ、テストに出ますね。


でもそんなことより、
なんて可愛らしく美しい言葉たちでしょう。
日本語が母語であることの幸せを思います。

 

それこそ十代のとき、古文の勉強中に出会って好きになったのは、「かなし」という言葉でした。
漢字をあてると「愛し」。
切なさや愛おしさや可愛らしさを含んだふくよかな言葉。
自分がこの「初恋」を一言で表現するとしたら、「愛(かな)し」一択です。

 

愛しいほど美しい「初恋」。

 

十代の皆さん。この「初恋」を(たとえテスト対策であったとしても)ぜひ暗記して、ずっと覚えていて、そして人生の折り返し地点を過ぎた頃、遠い目でたそがれてください。

 

この詩のために可愛らしい音がつくれたら、と思いました。
1行に1小節。
4つの連に4つのパートを。
詩をぼそぼそと呟きながら、言葉の意味やリズム、抑揚を音に置き変えていきました。

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まてどくらせど

「夢二式美人」美人画で知られる画家・詩人の竹久夢二

本の装丁や広告、雑貨や衣類のデザインなども数多く手掛けていて、今風に言えば、グラフィックデザイナーですね。
こういう多才な方に憧れます。

画像は国立国会図書館 NDLイメージバンクからお借りしました。 

 

その竹久夢二の3行詩「宵待草」の朗読音源をつくりました。

宵待草
竹久夢二

 

まてどくらせどこぬひとを
宵待草のやるせなさ 

 

こよひは月もでぬさうな。

 

「宵待草」には原詩があります。

遣る瀬ない釣り鐘草の夕の歌が あれあれ風に吹かれて来る
待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草の心もとなき
想ふまいとは思へども 我としもなきため涙 今宵は月も出ぬさうな

この原詩は、1912年(明治45年)雑誌「少女」に発表。
翌1913年(大正2年)、3行詩の形で絵入り小唄集「どんたく」に掲載されました。
これに多忠亮が曲をつけ、その憂いを帯びた美しい歌は今も歌い継がれています。

名曲です。


朗読音源を作る際、この詩にメロディーをつけることも一瞬考えましたが、この名曲を思うと、やはりそれは畏れ多く、シンプルな朗読を自前の曲にのせました。

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多忠亮 作曲の「宵待草」

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最後の道標

道標のような、北極星のような先輩方が次々と旅立っていきます。
いつかはそんな日が来ると、わかってはいるのですが。
大滝詠一バート・バカラックジェフ・ベックエリック・カルメン・・・。
自分の本業は建築なのに、ミュージシャンばかりです。

とうとう、ブライアン・ウィルソンが旅立ってしまいました。
最後の道標でした。

小さな頃からブライアンの音楽がいつも側にあって、ずっと、その魔法のようなコーラスワークに包まれていました。
愛と慈悲に溢れた奇跡の音楽を、ありがとうございました。

2005年のツアーで運良く取れた4列目の中央の席。
手が届くような距離で聴いたアカペラのサーファーガール。
今でも心に響き続ける、宝物の思い出です。

 

何年か前、ブライアンのことを思いながら、サーファーガールをひっくり返してつくったギターの曲です。
ほとんど即興でつくって弾いたファーストテイクなのでノイズだらけですが、思い出にとってあります。
川の音と鳥の声でノイズをごまかしました。

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