人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

こわれもの

大変ご無沙汰しております。
お元気でしょうか。


少しずつ頭が壊れはじめているのに気づいたのは一年ほど前で、それで娘が修学旅行のお土産に安倍文殊院の「ぼけ封じ」の御守を買ってきてくれたのでした。
ちなみにギリ50代です。

長期間のストレス、心労を、できるだけ呑気に受け流してきたつもりなのですが、花粉症や何かと同じで、とうとうしきい値を超えたようで、それが結果として表れてきたみたいです。

本を読んでも意味がわからなくなり、早口の言葉が聞き取れなくなり、一度に一つのことしかできなくなり、やたらと涙がこぼれるようになり、新聞をめくるような音が爆音に聞こえ、そして24時間続く大音量の耳鳴り。

20分前に食べた今夜の夕飯が思い出せない日があり、話したことやちょっとした約束などをノートに書きまくっていないといけなくなりました。

小川洋子さんの「博士の愛した数式」で短期記憶ができなくなった博士が体に付箋をペタペタ貼っていました。

そこまではいかないものの、能力を失っていることの自覚があるだけになかなかの恐怖です。

一時的なものであればよいのですが、あまり期待できそうにありません。


ものごとに誠実であろうとするほど、不誠実な環境に巻き込まれてしまうめぐり合わせのようで、でもどうすることもできず、しかもそんなことを考えていたら、頭の中が後悔や憎しみで占領されてしまいますし、残り時間がそれで終わってしまいます。

だから、裁くことは神様におまかせして、自分は忘れて手放して、できるだけ朗らかに生きたいなと思います。


佐賀藩士・山本常朝と田代陣基の「葉隠」にあるように、

人間の一生は誠にわずかの事なり。
好いた事をして暮らすべきなり。
夢の間の世の中に好かぬ事ばかりして、
苦を見て暮らすのは愚かな事なり。

ですね。

そして、

只今がその時、その時が只今なり。

です。


もう仕事は済んだので、
何事も成さず、何者にもならず、
ただ、楽しいものや、善きもの、美しいもののために生きたいと思います。


ライフログを残すため、また、リハビリのため、時々文章を書けそうな日はここに何かくだらないことを書いておくかもしれません。


念のため、
今までつくった朗読の音源については紹介文を添えてnoteにまとめてあります。

こゑのね / coenone|note

また、音源そのものは、YouTubeのチャンネルに置いてあります。

https://www.youtube.com/@coenone

設計事務所の登録は抹消してしまったので、業務としての設計はできませんが、家づくりのご相談などありましたら、プロフィールのところにメールアドレスがありますので、遠慮なくご連絡ください。


急に涼しくなってきましたね。
風邪などひかれませんよう、どうかご自愛ください。

千年越しの二次創作

以前つくったふたつの音源をつないでひとつにしました。

百人一首に登場するふたつの歌、壬生忠見(みぶのただみ)の「恋すてふ」(41番歌)と平兼盛(たいらのかねもり)の「忍ぶれど」(40番歌)をつないだもので、天徳四年三月に行われた天徳内裏歌合の結びの一番を勝手に再現しました。

天徳内裏歌合は、村上天皇が主催した平安時代中期を代表する歌合で、当時の一流歌人たちが左方・右方に分かれ、全20番(40首)の歌で優劣を競ったものです。
その最終盤である第20番(歌題は「恋」、「忍ぶ恋」)で対峙したのが、左方の壬生忠見と、右方の平兼盛でした。

左方:壬生忠見

 

恋すてふ 
わが名はまだき 
立ちにけり 
人知れずこそ 
思ひそめしか

 

(現代語訳)
恋をしているという
噂が早くも
世間に立ってしまった
誰にも知られないように
密かに思い始めたばかりだったのに

 

右方:平兼盛

 

忍ぶれど
色に出にけり
わが恋は
ものや思ふと
人の問ふまで

 

(現代語訳)
心の中に隠してきたけれど
とうとう顔色に出てしまっていた
私の恋は
「何か物思いでもしているのですか」と
人が尋ねてくるほどに

この対決には古典文学史の中で語り継がれる有名なエピソードがあります。

この結びの一番は、判定役である判者の藤原実頼さえも「どちらも優れていて優劣をつけがたい」と頭を抱えるほどの激戦となります。
実頼は村上天皇の様子をちらっとうかがいました。
すると、天皇はどちらとも明言はしないものの、小声で兼盛の歌「しのぶれど……」を口ずさんでいたとされます。
これを察した実頼によって、最終的に平兼盛の勝ちと判定されました。
この敗北は、壬生忠見を打ちのめします。
あまりの悔しさに、そのまま食を断って亡くなってしまったという逸話さえ残されています。
実際には、その後も生きていたことが確認されていますが、それほど彼の落胆が激しかったことを物語っています。

天徳内裏歌合の第20番は、一流歌人二人が「忍ぶ恋」という同じテーマをそれぞれ見事に描き切った、最高峰の対決でした。

 

この朗読/スポークンワードの音源は、それぞれの歌の内容、それから会ったこともないのに二人の性格まで想像しながら、歌合当日の空気感を再現しようと試みた千年越しの二次創作です。

最初つくった時にも書いたような気がしますが、左方 壬生忠見の方はThe Beatles   'All My Loving'の特徴的なベースラインを本歌取りし、右方 平兼盛の方はシャッフルのはねたリズムで、それぞれの、うれし恥ずかしの多幸感を表現しました。

 

あらためて古典文学って素材の宝庫だなって思います。
ゼロイチで何かつくるより、自分はこういうことが楽しく感じます。
千年の時を越えて飛んできたロングパスを背中に当てて軌道を変えて、また別の誰かにパスするみたいな文化の継承、そんなことをできる限り続けていきたいなと思っています。

youtu.be

月見れば

大変ご無沙汰しております。お元気ですか。
ようやく涼しくなってきました。

理由もきっかけも覚えていないのですが、突然、和歌や詩に自作の曲をつけてみようと思い立ってから三年ほどたちました。
はじめて数えてみたら、拙いものばかりですが40曲くらいつくっていたようです。
チリツモです。

 

三年前、2つ目につくったものが、大江千里(おおえのちさと)の「月見れば」の音源でした。

月見れば
千々に物こそ
悲しけれ
わが身ひとつの
秋にはあらねど

音やアレンジがずっと気に入らなかったので、もうすぐ中秋の名月ですし、つくり直してみることにしました。
色々忘れていて、楽譜とか書いているわけではないので、耳コピーして、コード進行やアレンジ、楽器の音色などを変えました。

元々、月のうたなので、ジャズのスタンダード「Polka Dots and Moonbeams」の特徴的なフレーズをモチーフとして本歌取りして、月とは関係ありませんが、大好きなGeorge Bensonの「Breezin'」へのオマージュの気持ちを込めてつくったものでした。
今回はBreezin'感をより強くしました。

AIで生成する音楽制作が大流行しているようで、きれいに完成された曲が巷に溢れています。
ここまでできるのか!って素直に驚いたり、ちょっと落ち込んだりします。
でも、こういう雑で拙いものも逆に乙なのかな、なんて、時代遅れの自分は無理やり思うことにしています。

youtu.be

明日でもいいんだけど一旦ざっくりと今日やっておく

なかなかの季節外れではありますが、「いちめんのなのはな」の朗読音源をつくりました。
本当の名前は「風景」ですね。「純銀もざいく」というサブタイトル付きです。
春先につくるのが良いのでしょうが、一寸先は・・・ということもありますので。

「今日やれることは 今日やれ」という偉い人もいましたし、「明日でいいなら 明日やれ」という先輩もいましたね。

自分は「たぶん明日でもいいんだけど 万が一ということもあるし・・・ 念のため一旦今日ざっくりとやっておいて 明日無事だったら明日仕上げよう」派です。

それで、夏の終わりに「なのはな」の音源をつくりました。

そんな訳で、つくる音源はいつも一旦つくったデモテープ状態です。

 

「純銀もざいく」って何でしょう。
国語の先生に聞かれそうですね。
今日の日付が出席番号と同じだったら当てられそうですね。

いくつか説はありそうです。

この詩は全部ひらがなの9文字×9文字。
(一番最後だけ「。」がついているところ、何か意味ありげで好きです。)

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

 

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしゃべり
いちめんのなのはな

 

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。

9×9の正方形(この記事では文字間と行間の調整ができなくて正方形になりませんでした)の枠に収まるようなかたちでできています。

おそらく、印刷用の銀色の金属活字が枠に収まった状態。

それが「純銀もざいく」なのでは、と思います。

それから、一面の菜の花畑に、春の太陽の光が当たってキラキラと銀色に眩しく輝いている様子という解釈もありそうです。

菜の花畑のなかに、「麦笛」「ひばり」「昼の月」という異なる要素がはめ込まれて、一種のモザイク画ができあがっているようなイメージです。

自分は前者派ですが、後者のほうが先生に好かれそうですね。

 

いずれにしても、視覚的にも音響的にも緻密にリズムが計算されたモダンアートのような作品だと思います。

背景の音楽は一昨年くらいにつくったものをリサイクルしました。
元々別のもの(和歌)にあわせてつくったものですが、思いがけず微妙にフィットしたような気がします。

7/4(14/8)の変拍子でつくりました。

youtu.be

ひなたの猫と、そのサントラ

ただただ自分が和むための、短い音源をつくりました。

朗読した詩は立原道造さんの「正午」。
日向ぼっこをする猫の姿を借りて、静謐な時間の流れを切り取った小さな詩です。

日向の猫は 眼をとぢる
それは彼女が青空をきらひだからだ
そしていつの間にか眠つてしまふ

猫は、まぶしい「青空が嫌いだから」という可愛らしい理由で目を閉じ、うたた寝を始めます。
そんな日常の何気ないひとコマから、永遠のような心地よい静けさと温もりが伝わってきます。

「ひなたの猫」ってパワーワードですね。

30秒の小さな曲をつくって合わせました。

まったり感最優先で、心のなかにあったのはThe Young Rascals「Groovin'」や、カントリーの名曲「Happy Trails」でしたが、結果、カールおじさんや、牛車に乗ったおじゃる丸みたいな感じになりました。

普段あまり使う機会のないヴィヴラスラップ(別名 与作)の音を入れたからかもしれません。
ハワイアンみたいなスライドギターをたくさん弾いて録りましたが、あんまり下手で・・・・、一瞬使ってあとは消しました。

オープンキャンパス 青葉もゆる 再びの仙台

娘が参加する、大学のオープンキャンパス。
今は「オーキャン」なんて言いますね。
何でも省略です。
通信教育の会社みたいですね。


そのオーキャンに用もないのについて行くのが、ここ数年の旅行スタイルになっています。
この夏は、仙台と神戸に行きました。
仙台は2年ぶり2回目(甲子園風)です。
懐かしい母校でもあります。
便乗した自分にとっては、学生時代の友人や仕事の先輩に再会する走馬灯ツアーのようなものでした。


オーキャンでは、主に院生の学生さんが研究の内容を説明してくれました。
前回も感じたんですが、学生さんが娘に説明する時、妙に「噛み砕いて」話すんですよね。
途中、思ったより話が通じるんで、

学生さん「あれっ、もしかして・・・何年生?」
娘「3年生です!」
学生さん「えっ!あっ、なんだ。中3ならもうちょっと専門的な説明できるね。」
娘「・・・高3です。」
学生さん「・・・」

このくだりが何度か繰り返されました。
多分、小5くらいに思ってましたね。


キャンパスでは男子学生がおにぎりを食べながら、ぼんやり歩いてます。
木の根っこにつまずいてコケそうになってました。
これこれ、この感じ!って思いました。
令和になっても、雰囲気は昭和~平成の頃とさほど変わっていなくて、何か安心します。


最近はいろんなランキングで上位にくる事が多く、いつの間にか難関校になっているようです。(いつも間違って「強豪校」って言ってしまいます。)
娘にとってはたまったものではありませんが、どうか無理のない範囲で受験生時代を楽しんでほしいと思っていますし、どの大学であれ、そこで何をするかの方が大切なので、入れるところに入れたらいいかなと思っています。

とにかく健康第一。無理のないように。

 

仙台はもう一つのふるさと、大好きな街です。


伊坂幸太郎さんの「砂漠」をお読みになったことはありますか。
仙台での学生時代の4年間、瞬きする間に過ぎてゆくような奇跡のような時間を描いた小説です。
伊坂さんは自分とちょうど入れ替わりの入学なのでダブってはいないのですが、この「砂漠」には、当時の学校や仙台の雰囲気がそのまま封じ込まれているようで、読むたび胸がしめつけられるような、甘いような酸っぱいような気持ちになります。
思い出補正とこの小説のイメージがあいまって、苦い記憶さえすっかりキラッキラに上書きされてしまいました。


できることならもう一度、この街で学生時代を過ごしたいです。

携帯キャリア サンクコストとして損切りを

我が家の懸案だった携帯キャリアの乗り換え、とうとう実行できました。
うれしい。清々しい気分です。


とにかくその会社が嫌で嫌で。


別の会社と契約したはずなのに、買収やらなにやらで、いつの間にか・・・。
悪いわけでは無いんだと思います。何とも言えない企業風土のようなものが自分と合わないだけ。もう関わりたくなかったんです。


ただずいぶん長く使ってきた(28年間!)ので、様々纏わりついているものも多く、それがいろいろ面倒で、二の足を踏んだままでした。
そういうのがだめなんですよね。


どんなに期間が長くても、どんなにお金を支払ってきたとしても、サンクコストはあくまでサンクコスト、残りの時間を考えたら、遅きに失した感はありますが乗り換えて正解でした。


移行後に一つ解決したいこと(後でネットで調べたら解決方法がわかりました)があって、最後の問い合わせをしました。
長く使っていたお礼なんてもちろん期待していません。
言われたのは、
「契約を終了したのであれば何をやっても無理ですね」


本当に、心から、乗り換えてよかった。
爽やかです。
人生は有限。
これから、小さなことから大きなことまで、腐れ縁を断ち切るような損切りが続きそうです。

 

八ヶ岳を遠く離れて

30代の終わり、八ヶ岳山麓標高およそ900メートルの辺りに自分で設計した家を建てるはずでした。
東京に住んでいた頃、関東から北海道まで100か所を超える土地を見てまわった末購入した、夢の土地。
美しい八ヶ岳の、可愛らしい土地でした。
図面も描き、地盤調査もして、地元の工務店の方と打ち合わせをしていました。


そんなさなか、近隣の方から地面の下に深刻な問題があるとの通報というのか、タレコミというのか、そんなものがありました。
不覚にも地盤調査では見抜くことができませんでした
記録写真とともに詳細を聞き、自分たちの力では何ともできないことを悟りました。


通報。それが善意だったのか、そうでなかったのか今となってはわかりません。
静かな山荘の周りに家を増やしたくない気持ちも少しはあったのかな、とも思います。
それは理解できます。
景観も変わるし、私道の使い方とか、細かいことをいえば水道の水圧が下がったりとか、いろいろあるんですよね。


結局、大苦労の末契約を解除して、行く場所もなく途方に暮れ、半分仕方なく、あまり好きではない生まれ故郷に戻ることにしました。
もはや、エリアも含めた土地探しをする気力もなく、娘が生まれたこともあってここに家を建て、今に至ります。


雑誌やSNSなどで八ヶ岳へ移住した方の記事をよく読むようになりました。
本当はこうなっていたのかも、ってパラレルワールドを覗くような不思議な気持ちです。
建築や不動産の仕事もする予定でした。
今頃移住する方のお世話や家の設計を楽しくやっていたかもしれません。

どうしてあんなにあっさり夢を捨ててしまったんだろう。
自分はそんな簡単に諦めたりしないのに。
随分悔やみました。

建てる予定だった家 パースが下手です・・・

 

その後、地元にいた姉と兄が立て続けに大病で若くして旅立ち、その心労もあったのか両親が急激に衰え、昨年たった3日の間にふたりともまた旅立ち、自分にとってのオリジナルの家族は誰もいなくなってしまいました。


ただ、四人ともすぐそばで見送ることができたのは幸いでした。
末っ子の根無し草で、転勤も含めて全国をふらついていたので、こんなことはできないはずでした。
もしかしたら、夢の八ヶ岳から引き剥がされたのはそんな思し召しでもあったのかな、なんて無理やり考えています。

 

だとすると、ここにはもう用はありません。
無能な末っ子の大仕事も終え、相続もきれいさっぱり終わりました。
娘ももうすぐ高校を卒業して、手が離れます。
会社にも、何の組織にも属していません。
ほぼ自由の身です。
渾身の設計をした自宅ですが、もう十分住みました。
あとは素敵な物置になってもらってもいいかな。
娘の進学を期に、どこかに移住しようかななんて話し合っています。
八ヶ岳はもう年齢的に厳しいかな。
娘の住む街にこっそりついていって、半年に一回くらい街でばったり会ってびっくりする、というのもいいかもしれません。

祖母のまわり道

家の近所に少し大きな交差点があって、そこを通ると時々、祖母の若い頃の話を思い出します。

戦時中そこにはアメリカ兵を模した藁人形が立っていて、皆その藁人形を竹槍で刺してから交差点を渡ったのだそうです。
祖母はそれが嫌で嫌で。
それで、いつもこっそりまわり道をして帰宅していたようです。

臨界点を超えてしまったら、物事が大きく動きはじめてしまったら、もうどうにもならないこともあります。
こっそり逃げればいいんだと、祖母のことを思い出すたび考えます。

もしかしたら臆病、弱虫なのかもしれません。

でも、後ろ指をさされたとしても自分の心や魂を亡きものにしたくなかった祖母のまわり道は本当の勇気の表れなのかもしれません。

ずっとギターヒーロー

まさかこんな日が来るとは。

amass.jpリッチーとイアン・ギランが・・・。

泣きました。

この映像を観られただけで、この夏は満足です。

youtu.be歳をとること、できていたことができなくなること、

そんなことをネガティブに捉えすぎていました。

こんなことが起きるなら、起こせるなら、

歳をとることは素敵なことなのかもしれません。

田舎の喧騒

暑い日が続いていますが、お元気ですか。
セミがうるさいですね。


昨年つくった宮沢賢治の朗読音源を手直ししていました。
微妙にテンポをあげたり、ブラスを加えてコードを変えたり、ミックスのバランスをいじったり。
いろいろやってみたのですが、結局のところセミがうるさすぎてそんな繊細な作業は不可能で、微妙な変化なんてさっぱりわからないままYouTubeのチャンネルに放り込んでおきました。
涼しくなったらまた直します。

youtu.be

うちはエアコンが無いので窓を全開にしています。
窓さえ開いていれば、結構涼しいのです。
ただ、セミが・・・。
あと、近所の草刈り機と、真上を飛ぶ着陸体制に入った飛行機と、まだいるのか!っていう改造マフラーのバイクとか。
救急車と消防車とパトカーのサイレンも頻繁に聞こえます。
ニューヨークっぽいです。

田舎って結構うるさいです。
東京にもながく住んでいましたが、よっぽど静かでした。


夕方、セミの大合唱が終了し、ひぐらしが物悲しく鳴いたりしてほっとしていると、近所の除草剤や野焼きの臭いで喉や目をやられます。

やりたい放題です。

知らない外国の人が「オクスリ イリマセンカ?」って訪ねてきたりするし・・・。

都会も怖いけど、田舎も怖いです。

そろそろちょうどいい感じの街に移住しようかな。

やさしさに包まれたなら 朗読:千家元麿「秘密」

千家元麿さんをご存知ですか。
せんげ もとまろ さん。
白樺派の詩人。


おととしまで知りませんでした。
愛読書の「国語便覧」にも載ってません。
大きな本屋さんやネット書店でもその詩集を手に入れることは難しそうです。
だからといって、知らなかったのは己の怠慢でした。


千家元麿
明治21年、出雲大社宮司を務めた千家尊福の子として東京で生まれますが、複雑な家庭環境から少年期は荒れた時期を過ごします。
その後、武者小路実篤ら白樺派の文人たちと交流を深めます。
30歳の時に第1詩集『自分は見た』を発表し、詩人としての地位を確立。
理想主義的で天真爛漫な作風を貫きました。
昭和23年に59歳で急逝。


日々のささやかな出来事を飾らない言葉で表現するその詩は、明るくて真っすぐで、人間や生命への温かい眼差し、愛に溢れています。
ずっと知らなくて損してました。


第1詩集『自分は見た』から、
「秘密」の朗読音源です。

秘密
  千家元麿

 

子供は眠る時
裸になつた嬉しさに
籠を飛び出した小鳥か
魔法の箱を飛び出した王子のやうに
家の中を非常な勢ひでかけ廻る。
襖でも壁でも何にでも頭でも手でも尻でもぶつけて
冷たい空気にぢかに触れた嬉しさにかけ廻る

 

母が小さな寝巻をもつてうしろから追ひかける。
裸になると子供は妖精のやうに痩せてゐる
追ひつめられて壁の隅に息が絶えたやうにひつついてゐる
まるで小さく、うしろ向きで。
母は秘密を見せない様に
子供をつかまへるとすばやく着物で包んでしまふ。

後に長男は応召し、ビルマの地で戦死しています。
かつて母親にやさしく包まれた子供。
今この瞬間にも、そんな子供たちが戦場にいます。

Long live A LONG VACATION !

自分は年中夏休みみたいなものですが、世の中も、もうすぐ夏休みですね。

うちは受験生がいるのでそれどころではないのですが。

 

CDを聴かなくなったのに、何だかCDのことばかり考えているような気がします。

そういうものでしょうか。40年以上のつきあいですから。

 

先日CDの劣化について少し触れましたが、「半永久的」と言われたCDが、いったい本当はどれくらいもつものなのか、そのレファレンスとして聴き続けたCDがあります。

 

規格番号35DH1。

ある界隈の皆様はすぐにピンとくる番号。

敬愛する大滝詠一さんの「A LONG VACATION」初期版の規格番号です。

日本初(世界初)のCDのうちの一枚。

残念ながら(というほどでもないのですが)持っているものは1stプレスではなく、2ndプレス(35DH1 121A2)のもの。

1stプレスは音圧が低すぎたため、大滝さんの手によってマスタリングレベルをあげたと言われています。

ごく短期間(1stプレスの翌年)にリマスタリングが施された、これまた世界初の「リマスター版」とも言えます。

「ロンバケ」はレコードも含めると、うちに一体何枚あるんだという感じですが、音の好みでいうと、レコードとこの初期版CDが好きです。

 

プレスが1983年、最古のレベルのCDですが、全く劣化は無く、リッピング時にもエラーもなく取り込めました。

40年以上聴き続けても何ともありません。強靭です。

CDが消耗品みたいに扱われる前の、「夢のディスクを世に出そう」という意気込みが伝わってくるようです。

 

ロンバケは永遠の名盤。

東西冷戦とかいろいろありましたが、それでもきっと未来は良くなるって信じていられた80年代。

10代のBGMに、このアルバムがなってくれたこと、本当に幸せでした。

これからも聴き続けます。

きっと今度の風だ。 朗読:宮沢賢治「おきなぐさ」

ぼんやりしているうちにできていた朗読をもう一つご紹介します。
宮沢賢治の「おきなぐさ」です。


「おきなぐさ」は、野に咲く2本のおきなぐさ(うずのしゅげ)の生涯と旅立ちを描いた、切なく美しい物語。


2本のおきなぐさは風や光を感じたり、小さな生き物たちと交流したり、楽しくひたむきに生きています。

やがて花は終わり、それはすっかりふさふさした銀毛の房に変わっていました。

そして、そろそろ旅立ちの時を迎えます・・・。

 

そこには恐れも悲しみもありません。

 

「おきなぐさ」は、一つの命の終わりと循環を魂の救済へと昇華させた、珠玉の物語です。

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ひとり静かに咲く 朗読:宮沢賢治「まなづるとダァリヤ」

ぼんやりしている間にいくつか朗読の音源ができていました。
自分はまったく何もしていないのですが、紹介させてください。

今回ご紹介させていただくのは、宮沢賢治「まなづるとダァリヤ」です。


1本の赤いダァリヤ(ダリア)は、自らの美しさにうぬぼれ、花の女王になることを夢見ています。
お付きの黄色い花たちに褒められても満足せず、空を飛ぶまなづるに「あたしずゐぶんきれいでせう。」と同意を求めますが、はぐらかされ続けます。

やがて月日は流れ・・・

 

登場キャラクター
赤いダァリヤ:自尊心が高く、美しさに強い執着を持つ主人公。
黄色いダァリヤ:赤い花を熱心に引き立て、寄り添う2本のダァリヤ。
白いダァリヤ:少し離れた場所でひっそりと咲き、まなづると静かに心を通わせる控えめな花。
まなづる:空を優雅に飛びながら、花たちの営みを一歩引いた視点で見つめる鳥。

 

美への執着と、過ぎ去る時間の残酷さを描いた、ちょっと切ない物語です。

 

心の呟きまで増幅され拡散してしまう、おしゃべりで騒々しい世界。

ひとり静かに咲いていることはできるでしょうか。

(※最初、動画の埋め込みが上手くできていなかったので直しました。)

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