人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

千年の時を越える「夢で逢えたら」

小野小町の名歌、「思ひつつ」の朗読音源をつくりました。
背景の音は冬につくったものを再利用したものです。

思ひつつ
寝ればや人の
見えつらむ
夢と知りせば
覚めざらましを

 

思いながら眠りについたから
あの人が夢に現れたのかな
もし夢と知っていたなら
覚めなかったのに

 

夢で逢いたい人は誰ですか。

たくさんいますよね。

昔飼っていた犬にも逢いたいです。

 

古今東西、普遍のテーマですね。

敬愛する大滝詠一さんの名曲「夢で逢えたら」が二重写しになります。

夢でもし逢えたら 
素敵なことね
あなたに逢えるまで 
眠り続けたい

大滝さんのインタビューやラジオなど、こどもの頃からたくさん読んだり聴いたりしてきましたが、自分の記憶の範囲では、この「夢で逢えたら」と小野小町との関連に言及したことはなかったように思います。


ただ、制作上直接の関連は無かったとしても、日本文芸の中に流れる「夢恋」、「夢路」、「夢の通い路」といったテーマが千年の時を越えて響き合っていることにロマンを感じます。


Roy OrbisonのIn Dreamsなども同様のテーマなので、これは世界共通ですね。


新海誠監督が「君の名は。」を制作するにあたって、この「思ひつつ」から着想を得たとコメントしていましたが、そのようにして、長い年月を行ったり来たりしながら、また新しいものが生まれていくのって素敵だなと思います。


藤原定家が確立した「本歌取り」の手法、現代に続くオマージュや、元ネタに敬意を持ったサンプリング、インターポレーションなど、こういった愛のある引用っていいなと思います。

これからやってくる、逃げたくてももう逃れられない「大生成AI時代」にこそ、過去をフラットな「素材」として学習することにとどまらない、自分の身体を通した、先人との対話、歴史への能動的な応答、文化・文脈の継承としての「本歌取り」や「オマージュ」を捉えてみる視点が大事になってくるのかなと思っています。

ちょっと大げさですが・・・。