人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

添い遂げるということ

ほんとに仲の良い夫婦だった。
と、そういうことにして語り継いでいこうと申合せをして、ご近所の皆さんと大笑いしてしまいました。


息子の自分から見ても、両親は決して仲が良いようには見えませんでしたが、外に現れている部分とは違い、もっと奥の方ではどこか分かち難く繋がっていたのかもしれません。


二人は途中からほぼ同期していました。


同じような時期から二人して認知が衰え始め、
二人して立てなくなり、要介護レベルを上げ、
二人して肺炎になって入院し、
ものを食べられなくなって、
二人して点滴と酸素マスクの状態になりました。


医師と相談のうえ、最後は家で、ということでまず父を退院させ、なかなかタイミングが会わなかった母を、ようやく連れて帰って、久しぶりに二人並んでベッドで横になることができました。


帰宅できて安心したのか、母は見たこともないような満面の笑みを浮かべ、そして、その後少しずつ呼吸が浅くなり帰宅の5時間後、旅立ちました。


父は目を開けることは叶いませんでしたが、それを感覚で見届けて安堵したのか、彼の呼吸もまた徐々に間隔があき、三日後、母の通夜の晩、静かに永い眠りにつきました。


根の繋がった二本の老木がゆっくりと枯れ、静かに倒れてゆくような見事な最後でした。


立ち会えた自分は幸いでした。

耳は聞こえていると聞いたので、二人にはひたすら感謝の言葉を伝え続けました。

それから、みんなもう大丈夫だから安心してって。


兄も姉も早くに亡くしてしまい、一人残った無能の末っ子でしたが、少しは親孝行できたかな。

もちろん悲しみはありましたが、それ以上に、感じたことのない大きな静かな感動のようなものに包まれていました。

添い遂げるとは、こういうことかと。

エンドロールが流れそうな美しい夫婦の閉じ方でした。


自分と両親。

決して仲の良い親子ではありませんでした。
母には、「私の葬式には出るな!」なんて言われましたが、しっかり出ましたよ。
何度親子の縁を切ったり切られたりしたか。

でも、
ほんとに仲の良い親子だった。
と、そういうことにして、これから生きていこうかな。
じゃないと寂しいから。