人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

風信子の家 4.3坪の夢

自宅は経済の事情で小さな平屋になるようで、設計をしていた10年ほど前、古今東西の「小さな家」研究を随分としました。

同時代のもの、特に戦後の日本は物資の不足や土地の狭さなどもあり、それは一つのジャンルのようなものを形成していて、有名建築家の実験的な「小さな家の系譜」のようなものが存在しています。

ただ、建築家特有の難しい理屈に馴染むことができず、次第に、もっと「本質だけ」でできているような古典作品に範を求めるようになっていきました。

 

古くは(古すぎますが)

鴨長明先輩の「方丈の庵」

それから、

HDソロー「森の小屋」

ル・コルビュジエカップマルタンの休暇小屋」

そして、

立原道造さんの「ヒアシンスハウス」

 

特に、「ヒアシンスハウス」のスケッチには心を奪われました。

まだ実作の無い、若い建築家の夢の結晶。

立原道造さん(1914-1939)

建築家で詩人。

東京帝国大学工学部建築学科では丹下健三さんのひとつ上の学年。

丹下さんも憧れの眼差しを注ぐほどの才能だったようです。

在学中に辰野賞を3度受賞。

一方、詩人としても、中原中也賞の第1回受賞者。

私にとっては、建築家・詩人というより、「ものをつくる人」としての理想の存在です。

 

病のため24歳で夭逝してしまったため、「ヒアシンスハウス」は、実際に建築されることはなかったのですが、現在はスケッチをもとに、さいたま市別所沼公園に再現されています。

 この動画でわかりやすく紹介されています。

youtu.be

僅か4.3坪のワンルーム

(おそらく恋人と過ごす)週末住居の想定ということで、キッチンと浴室がありません。

 

我が家は24坪ありますが、それでも平屋のワンルームなので、空間の雰囲気は近いものがあります。

自分にとっての「ヒアシンスハウス」になっていればいいなと思います。

 

最近、立原道造さんの詩をよく読んでいます。

「ヒアシンスハウス」のスケッチを眺めながら、それらを読むと、より心に響くものがあります。

生前は実作を建てる機会に恵まれなかったけれども、その世界は詩と共に永遠のものになりました。

 

ここのところ、半年で壊してしまうハリボテを設計して上気している「建築家」に辟易していたのと、以前は多少なりとも彼らに憧れていた己の節穴ぶりに落ち込んでいたのですが、そんな自分への「おくすり」になっています。

 

どこまでも透明で美しい詩

「夢みたものは・・・・」

奥様に朗読してもらって、繰り返し聴いていました。

夢見たものは‥‥

立原道造

 

夢見たものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

 

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊ををどつてゐる

 

告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

 

夢みたものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

この詩には木下牧子さんによる、大変美しい曲がつけられています。

youtu.be・・・と、自分で極限までハードルをあげつつ。

私もこの詩にあてて、曲をつくってみました。

朗読を聴いている時に自分の中に流れていた音をなんとか引っ張り出して、弾けもしないピアノで徒につくったものです。

youtu.be