人と栖と

小声で語る 小さな家と本と音楽のこと

標高900mの並行世界 小さな家の由来記8

2023年9月19日

土地探しの中で、希望や条件に合い一旦購入を決意したものの、事情があって話が流れてしまうことってありますよね。

そんな土地を、ずいぶん経ってからこっそり見に行った経験はありますでしょうか。

何故かわからないのですが、私は時々そういうことをして、わざわざ複雑な心境になったりします(笑)。

本当はここに自分がいるはずなのに、誰か知らない人が住んでいる・・・何故だ!みたいな。

パラレルワールドをみているような感覚です。

 

私の土地探しでは、話が流れたというよりも、契約・購入をして、工務店と打ち合わせまでしていた段階で、地面のトラブルが発覚して、契約解除という経験をしました。

裁判まではいかなかったのですが、時間も労力もかかるストレスフルな日々を過ごすことになってしまいました。

法的には「勝った」のですが、本当に勝ったと言えるのかと言ったらそんなことは全くありません。

そもそも勝ち負けの話ではありませんし。

 

以前書いた文章がありました。

2017年 03月 20日

  
北海道、岩手県、長野県、神奈川県など、東京に住んでいる間、たくさんの土地を見てまわりました。

敷地に合わせて簡単な図面を描いてみて、これは良いかも、と思ったところや、自分たちにはとても手が届かないだろうなとわかってはいても、一応行ってみて「やっぱり無理だった」と納得して(ついでに観光して)帰ってきたようなところもあります。


そんな中、家を建てる一歩手前までいったのが、ある有名な連峰の懐、標高900mの地にある、本当に美しい環境に恵まれた土地でした。

本格的に移住するために東京を離れて、同じ県内に引越し、地元の大工さんと構造の打ち合わせをし、地盤調査までしていました。

その調査の中で、地面の中にあってはならないものを見つけてしまったのです。

事前に近隣の方に挨拶をしながら、重要事項説明書などに出てこない「重要事項」も探ってあったはずなのですが、足りなかったというか、判明するのが遅すぎました。

建築士としても、これから家族を守っていく一人の人間としても、どうしても妥協できない点でしたので、結局、仲良くなった地元の方との人間関係も含めて、心が引き裂かれる思いで、この土地を手放しました。

もう、東京のマンションは引き払っていましたし、もう行く所というか、生活の拠点が無くなり、どうして良いかわからなくなってしまい、とりあえず自分の故郷、静岡に帰ることにしました。

問題を上手く解決し、あのまま家を建てて住んでいたら、今頃どんな生活をしていたのかとか、娘は友達とどんな遊びをしていたんだろうとか、考えると不思議な気持ちになります。

標高900mのあの場所に心を残してきてしまっているので、何かパラレルワールドを生きているような気さえします。

早起きして外に出たときなど、不意にあの高原のような空気を感じることがあって、今どこにいるのか一瞬意識が混乱することがあります。

いろいろありましたが、やっぱりあの土地は自分たちの夢のあらわれではあったのかなと思います。


グーグルアースでそこを見ると、(地面の問題を解決したんだと思いますが)どなたかの家が建っています。

ちょっと自分の設計した家と似ています。

 

建てるはずだった自宅のパース(雑)です。

2023年9月19日

昨年長めのドライブをしたついでに、勇気を出してその標高900メートルのまちに寄ってみました。

十数年ぶりでしたが、変わらず美しく、こんなところに住めたら幸せだろうなと思える場所のままでした。

契約解除した土地そのものについては、50メートルくらい手前まで行ったのですが、さすがにそれ以上近づく勇気はありませんでした。